第53章 乃東生(なつかれくさしょうず)
クリスマスの日。私たちは冬休みに入ったばかりで、本来は受験勉強の追い込みをすべき時期ではあるが、私たちは夕方からオシャレなカフェで食事を楽しんだ。パスタと食後のデザートにティラミスを食べる。
「徹はブランコ監督のチームのトライアウトを受けるんだよね。どう? 調子は」
「うん、今もちゃんと頑張ってるよ」
徹が目線を手元のコーヒーカップに向けたまま答えた。少しの違和感を感じながらも、ここで追及すると雰囲気が壊れるのかなと思い、触れることをやめた。
「今頃岩ちゃんはバレー部のみんなと遊んでるのかな」
「だろうね! 男だけで集まってるんだろうなぁ。さて、そろそろ行こう?」
徹と訪れたのは仙台の中心部のケヤキ並木。温かい金色の光が一面を彩る。
「わぁ……すごい……」
60万個の光が街を彩る。視界すべてが金色の世界に包まれている。
「萌と来てみたかったんだ」
「これは……すごいね……夢みたい」
まだ時間が早かったからか周囲には人がいなかった。まるで私たち二人だけの世界のようだった。
徹が私の手をつなぐ。その大きな手に包まれるのが幸せだった。
しばらく私たちは黙って金色の世界を見ていたが、やがて徹が口を開いた。意を決したようだった。
「ブランコ監督、来年アルゼンチンに帰っちゃうんだ」
「え……?」
「俺、アルゼンチンに行く」
今、何て言った?
「ア、アルゼン、チン……?」
時が止まった。アルゼンチンって南米だっけ。どんな国?と瞬時に頭の中をぐるぐると思考を始める。彼がいなくなることを理解してようやく涙が流れた。
「ごめん」
徹は押しつぶされたような声でそう言って、私を優しく抱きしめてくれたけど、すぐに身体が離れた。
「だから、別れよう」