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七十二候

第53章 乃東生(なつかれくさしょうず)


 クリスマスの日。私たちは冬休みに入ったばかりで、本来は受験勉強の追い込みをすべき時期ではあるが、私たちは夕方からオシャレなカフェで食事を楽しんだ。パスタと食後のデザートにティラミスを食べる。
「徹はブランコ監督のチームのトライアウトを受けるんだよね。どう? 調子は」
「うん、今もちゃんと頑張ってるよ」
 徹が目線を手元のコーヒーカップに向けたまま答えた。少しの違和感を感じながらも、ここで追及すると雰囲気が壊れるのかなと思い、触れることをやめた。
「今頃岩ちゃんはバレー部のみんなと遊んでるのかな」
「だろうね! 男だけで集まってるんだろうなぁ。さて、そろそろ行こう?」

 徹と訪れたのは仙台の中心部のケヤキ並木。温かい金色の光が一面を彩る。
「わぁ……すごい……」
 60万個の光が街を彩る。視界すべてが金色の世界に包まれている。
「萌と来てみたかったんだ」
「これは……すごいね……夢みたい」
 まだ時間が早かったからか周囲には人がいなかった。まるで私たち二人だけの世界のようだった。
 徹が私の手をつなぐ。その大きな手に包まれるのが幸せだった。
 しばらく私たちは黙って金色の世界を見ていたが、やがて徹が口を開いた。意を決したようだった。


「ブランコ監督、来年アルゼンチンに帰っちゃうんだ」
「え……?」
 
「俺、アルゼンチンに行く」

 今、何て言った?
「ア、アルゼン、チン……?」
 時が止まった。アルゼンチンって南米だっけ。どんな国?と瞬時に頭の中をぐるぐると思考を始める。彼がいなくなることを理解してようやく涙が流れた。
「ごめん」
 徹は押しつぶされたような声でそう言って、私を優しく抱きしめてくれたけど、すぐに身体が離れた。
「だから、別れよう」
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