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七十二候

第52章 鱖魚群(さけのうおむらがる)


 時間のあるうちに年末の大掃除を少しずつ行う。掃除は無心になれる時間だ。何も考えないように、ただひたすらに掃除をする。今日はキッチン周りと冷蔵庫内の整理。また時間を見つけたら他の場所を掃除しよう。
 週末は土日とも公演が昼夜2公演ずつ入っている。そして今日はレモンの練習だ。来年のリサイタルに向けて今日は合わせがある。カルテットなので4人しかメンバーはいないわけだが、演奏するパートは固定ではなくローテーションすることになった。
 男性のクラリネットはパワーがある。ぬーぼーがフォルテッシモでメロディを吹くとき、私では支え切れないなと感じてしまった。ぬーぼーはもっと吹きたいだろうに、私の力に合わせてもらう格好となってしまった。性差はあるのは仕方ないとはいえ、もっと肺活量が欲しいと思った。

 練習後、電車でスマホを見る。徹の試合結果を確認したが、負けてしまったようだった。最近CAサン・フアンは調子が悪いのだろうか。私は徹が自らバレーの話をしないときは聞かないことにしていた。そっとしておいた方がよいこともある。私が同じ立場ならそう思う。きっとたくさんの反省をして今日も練習しているんだろうな。
 電車が止まる。ふと目をやると降りる駅を一駅過ぎていた。席を立って慌てて電車を降りた。
 気が向いたのと気分転換にそのまま歩いて帰ることにした。隣駅を降りたことがなく、少し気になっていたのだ。
 駅のロータリーまで来ると、申し訳程度のイルミネーションが点灯していた。青、ピンク、黄色、緑など色とりどりの光がピカピカと可愛いらしい。池袋の練習場付近で見たイルミネーションは淡い水色一色だったり、また別の池袋では白一色だったりと、単色は洗練されているイメージがあるが、こうもたくさんの色があると少しチープで可愛くなるんだなと感じた。
 イルミネーションは冬の澄んだ空を彩る美しい宝石のようだ。だけど、私の記憶に鮮烈に覚えているイルミネーションは、地元での徹との出来事だった。
 
 クリスマス前のわくわくした雰囲気は宮城でも同様だった。学校帰りにレッスンを終えた私を徹が地元のバス停の前で待っていてくれた。徹はランニングウェアを着ていた。
 このときの徹はいつもより静かだった。まるで借りてきた猫のよう。
「どうしたの? 具合悪い?」
「ううん。元気だよ」
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