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七十二候

第51章 熊蟄穴(くまあなにこもる)


「萌すごかったな! アンコールのあのタンゴ、アルゼンチンで聴いたことあるやつだよ」
 リサイタル終演後、楽屋で徹と電話をした。
「トークも上手かったし、ベテランみたいだった。かっこよかった!」
「ありがとう。静寂に耐えられなくて。コンクールじゃないし、お客さんにはもっとリラックスして欲しいなと思ったら、つい口から出てた」
「うん、いつもの落ち着いてる萌じゃなくて、MCも丸ごとパフォーマンスだったね」
 確かに、どんな演奏をしたいのかだけではなく、どんなリサイタルにしたいのか。MCはそれによって自然と出てきた言葉だった。
「ふふ。女優だったでしょ」
「そうだな、今日だけは名女優と認めよう。それにしても前田くんの顔を始めて見たけど結構かっこいいんだな」
「ブラームスオタクだけど爽やかな好青年でいい人!」
「えー俺より?」
「徹はイケメンだし好青年っぽいけど、全部計算していそう」
「ねぇどういうこと! 基本的に素直な青年だよ!」
「そうだね、だから大人げないんだね」
「正直か!」

 冗談を言い合いつい笑顔がこぼれる。だけどホールの退館の時間が迫っていた。
「徹。歩みは遅いけど、私がもっとプロとして力をつけたら……」
「ううん、今は堅苦しいのはいいよ。ほら、打ち上げでしょ? 行っておいで。あ、花柄のドレス可愛かったよ」
 核心に迫る話を、見えない壁で遮られた気がした。だけど、徹の提案に乗ることにした。
「衣装は可愛いよね衣装は」
 徹。本当に今のままでいいと思っているの?私は徹の本心が聞きたかった。

 打ち上げは存分にお酒を飲んで楽しんだ。音楽仲間も集まってくれて、終電間際までクリスマスムードのない異国情緒の街での飲み会は続いた。
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