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七十二候

第50章 閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)


 いよいよ、最後の曲を演奏する。1楽章は暗い情熱を。2楽章と3楽章では、ブラームスの内面的で豊かな抒情性。最終楽章は打って変わって明るく軽やかなロンド。私がこの曲と徹を重ねていた。
 創作意欲を失ったブラームスがクラリネット奏者であるミュールフェルトとの出会いで失意の底から救われたことをきっかけに完成させた曲。愛情を感じずにはいられないこの曲を私は大切に演奏した。あぁ、この時間が終わらないでくれと願いながら曲はクライマックスへ向かう。

 割れんばかりの拍手。終わってしまった。やり遂げて嬉しい反面、寂しい気持ち。
 いただいた鳴りやまない拍手に応えて、アンコールを演奏する。本来、クラシックを演奏するのが普通かもしれない。だけど私は前田くんと以前から相談していた。アルゼンチンのタンゴがやりたいと。
 完全に私の欲だ。徹のいる国の曲を演奏してみたかった。タンゴはクラリネットとの相性がとてもいい。結果としては満足だ。

 終演後、多くの人から「上手だった」「素敵だった」「面白かった」などのお褒めの言葉をいただいた。主催者の方にも挨拶をし、一緒に写真を撮った。
「雨宮さん、さすがだね。お客さんを笑わせる余裕がベテランみたいだし、貫禄があったね」
「堅苦しいのが苦手なので、つい……」と苦笑いをしてしまった。こんなMCにするはずではなかったのだが、楽しいリサイタルが静寂に包まれるのが耐えられなった。

 かくして私のリサイタルデビューは笑いもあるものとなり、SNSでは「見た目と違ってパワフルだし面白かった」とか「MCも演奏も楽しく聴くことができた」など、ありがたい投稿を目にした。これも、きっと私らしさの一つとなるのだろう。初めてのリサイタルは成功ということで、自分を褒めてあげよう。
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