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七十二候

第50章 閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)


 拍手が静まり、1曲目は留学時代に学んだ曲を演奏する。70年以上前にパリの音楽院でのコンクールのために作曲された。技巧的でいて美しいメロディが気に入っている。
 私は昔を懐かしみながら、演奏を楽しんだ。刺激的な毎日、フランスの憧れのオーケストラを退任した有名クラリネット奏者の先生からレッスンを受けたこと。意外にも優しい先生で怒られることなく楽しく学べたこと。

 無事演奏し終え、MCを入れる。
「初めまして。本日は平日にもかかわらずお越しくださり、ありがとうございます。雨宮 萌です」
 たくさんの拍手がホールに響く。私は曲解説と、次の曲について説明した。曲は重々しいものばかりだけど、お客さんをなるべく堅苦しい雰囲気にしたくなかった。
「2曲目はドイツのクラリネット奏者で作曲家でもある方の曲。クラリネット奏者が作曲したのにクラリネット奏者に優しくない超絶技巧の曲です。まず最初の音が衝撃的。一度に4つの音を出す奏法である重音から始まります。曲名はファンタジーと絵本のようでとても可愛らしいけど、まったく可愛くない曲です」
 そう言うと、お客さんがくすくすと笑ってくれて安心した。私でも人を笑わせることができるんだなと思った。
 少し解けた緊張。よし、と私は一呼吸置いて、意を決して演奏を開始した。難しい曲なので、ものすごい集中力が必要だった。
「想像力をもって演奏してほしい」という作曲家の願いがあるものの、技術的な課題ばかりに気を取られてしまいがちだが、跳ねたり飛んだりして遊んでみせた。
 曲が終わって、一瞬しんとする会場。お客さんの驚いている様子が伺えた。徐々に拍手が鳴り響く。
「ありがとうございます。本日のプログラムで一番難しい曲を吹きこなせたので、あとはリラックスして演奏できそうです」
 ふたたび笑いが起こる。続けて、私の好きな曲の一つ。フランスらしいエスプリを感じるクラリネットソナタなどを演奏した。

 そして時は進み、そしていよいよ最後の曲。ブラームスのクラリネットソナタだ。100年以上前のこの曲は私が一番好きな曲。ブラームスを研究しているという前田くんにMCを託す。
 爽やかな容姿と裏腹にお客さんが笑ってしまうほどのオタク感を丸出しでブラームスについて熱弁する前川くんに私も笑ってしまった。
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