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七十二候

第5章 葭始生(あしはじめてしょうず)


 高3の4月下旬に差し掛かった頃のこと。部活後の居残り練習を終え、ひとりで帰ろうとしたところで徹と岩ちゃんと校門でバッタリ出会い、そのまま一緒に帰ることになった。このときの徹はどこかいつもと様子が違った。この時期の宮城はまだ桜が咲いて少し経った頃。
 どうやら、烏野高校との練習試合をした際に天才・影山飛雄のプレーを久しぶりに間目の当たりにしたらしい。
 中学生の頃は“コート上の王様”もとい“孤独の王様”と呼ばれた天才選手のその所以は、自分の能力についていけない仲間たちを理解しようとせず、独善的なプレーをしたことが原因で孤立してしまった……という過去があるためだと聞いていた。しかし、烏野高校で素晴らしい仲間と出会い、ひと回り成長していたそうだ。
「すばしっこいチビちゃんと飛雄の速攻に驚いたし、捻挫痛いし、負けたし」
「散々だったんだね。お疲れ様」
 徹はジャージのポケットに手を突っ込んで面白くなさそうに歩いている。私の労いには満足しなかったようだ。
「もっと優しくして」
「ええ……だって軽い捻挫でしょ?歩けてるし」
「及川が捻挫したから負けたんだろボケ」
 岩ちゃんが冷静なコメントを下す。徹は捻挫さえしなければ、きっと練習試合はフル出場を果たせたのだろう。
「そうだけど!そうだけれども!次は絶対にこてんぱんにしてやる!」

「6人で強いほうが、強い。でしょ?」
 私は気に入っているフレーズを口にする。徹たちが一瞬目を見開く。そして「ああ、そうだね」とふたりは口をそろえて言った。


 中学生のときは、私たちの通っていた北川第一中学校はバレーボールの強豪校ではあったが、怪童・牛島若利率いる白鳥沢学園には一度も勝てたことがない。それは高校になっても状況は同じだった。
 徹は牛島くんと影山くんという宮城を代表する2人の天才選手の間で苦しんでいた。現在はふたりとも徹と同じくプロのバレーボール選手として活躍している。
 中3の頃、突き抜けた才能で迫ってくる後輩の存在に苦しみ、調子を落としてベンチに下げられ、影山くんにセッターを奪われたことをきっかけに、自暴自棄になっていた徹に岩ちゃんが檄を飛ばす。

「“6人”で強いほうが強いだろうがボケが!!」
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