第48章 朔風払葉(きたかぜこのはをはらう)
はらこ飯が懐かしくなるこの季節。近所の魚屋さんで秋鮭といくらを購入し、母に聞いたレシピで作ってみた。これがとても美味しくて、ついついご飯が進む。食欲の秋。最近ちょっと太った気がしている。
今日は前田くんとの合わせの日。私はリードに裏切られた。クラリネットの音を作っているのはこのリード。クラリネットの吹き口に付けて吹き込むことで振動し、音を鳴らすものだ。葦で出来ているのでいわば植物と言っても過言ではない。一枚一枚性格が全く違うのだ。そして寿命も短い代物だ。
今まで良い音の鳴るリードを大切にしてきたが、本日見事に裏切られ、すっかり吹きにくくなっていた。10枚入りの新しいリードの箱をいくつか開け、最も使えるリードの選定を始める。リードは植物なので、使い始める前は水を吸うことで成長しようとする。「お前はもう植物じゃない。リードだ」と言わんばかりにこれから水を吸わせてはその状態を慣らすといった矯正を始める。リサイタルまでにリードがしっかり仕上がりますように。
リサイタルは過去に取り組んだ作品を演奏するが、前田くんとの演奏は新たな発見が多かった。まだまだ学ぶことがたくさんあった。とても楽しい練習だった。
練習後、前田くんと夕食を食べて帰ることにした。私の家の近所にある、以前から気になっていたイタリアン。なかなか行く機会がなかったからラッキーだった。
前田くんは白シャツに黒いパンツ姿でとても爽やかな好青年。モテそうだなと思った。
「萌ちゃんは来年は自分でリサイタルを開くんでしょ? 何を演奏したい?」
「うん、もしや伴奏してくれるの?」
「もちろん! 萌ちゃんと演奏するのは楽しいし」
前田くんは白ワインを飲みながら楽しそうに笑った。
「嬉しいなぁ。そうだなー。昔コンクールで吹いた曲をもう一度やり直したいなと最近思ってる。フランスの現代曲だけのプログラムも楽しそうだなー」
「いいね、萌ちゃん、フランスの曲は得意だもんね」
「多少は、だけどね。あ。でもね、最近作曲もしてみたくて。自分で作った曲を自分で演奏したいなぁ」
「作曲? すごいね」前田君は身を乗り出した。
「季節が私の大切な思い出とリンクしていて、それを形にしてみたかったんだ」
「おお、なんか素敵」