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七十二候

第47章 虹蔵不見(にじかくれてみえず)


 キッチンに籠り、考え事をしていた。ぐつぐつ、コトコト。鍋の音を聴きながら。
 徹は日本に戻るつもりはない。海外……具体的にはアルゼンチンで自分が演奏していくことを想像できない私。音楽も、徹も、現在の仕事である吹奏楽もアンサンブルも、学校の指導も始めたばかりのことを捨てることができないし、優先順位も選べなかった。
 前からそんな状況だったのは分かってたけど、目の前のことに集中していくうちに時間はあっという間に過ぎていた。
 あぁ、きっついなぁ。鍋から出る湯気をただただ眺めていた。
「変わらないとなぁ……」
 

 そんな私とは正反対に、徹は7年前には決断をしていた。徹が変わったなと感じたのは、高3の今頃だっけ。
 私は受験勉強とレッスンの日々。徹は知り合いの社会人チームの練習に混ぜてもらいつつ自主トレの日々だった。付き合っていると言っても、さほど生活パターンは変わらなくて、一緒に学校に行って授業を受けて、予定がなければ一緒に帰るし、予定があれば別々に帰る。そんな感じだった。
 でも、土日のどちらかにはちゃんと会う時間を作っていた。まぁ、家が近所ななので土日どちらも会うことも少なくなかったけど。
 珍しく1日デートしたもあった。仙台市の動物園に来た私たち。徹がよく鼻歌を歌ってる遊園地の目の前にあるところだ。滅多に来ないところだし珍しい動物もたくさんいて結構楽しかった。
 ヤギに餌をあげる徹。徹が動物と触れ合っているのは珍しい光景だ。徹が動物に好かれるイメージがまるでなかった。私が昔飼っていた猫は、徹に懐かなかったし。
「ちょっと! ヤギに舐められた手じゃん」
 徹が私の手を繋いできたから咄嗟に手を離した。
「やだねー絶対離さない」そう言ってきつく手を握る徹。
「うわっ……」
 手をつないで歩くのはちょっと恥ずかしかったけど、温かい。ヤギが舐めた手だけど。
「萌の手冷たっ」
「心が温かい証拠ですー。徹の手はあったかいねぇ」
「俺はヤギが心を開いて手を舐めてるれるくらい優しい人間だぞ」
「絶対餌だと思われてたんだよ」
「うっ……」
 こんな言い合いも今となっては懐かしい。そしてちゃんと手を洗ってから駅前でご飯を食べて、帰路につく。
 家のそばの公園で、「もう少し話さない?」と言われた。
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