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七十二候

第46章 金盞香(きんせんかさく)


 先日の音楽コンクールの様子がテレビで放送された。うわぁ、ほんとに甘いモーツァルトだな……と恥ずかしくなったが、いい演奏だったと思う、と思うことにした。どの奏者も上手だった。1位になれたのは、運もあったんだと思う。
 後日、岩ちゃんからメッセージが届いた。
「見たよ! かっこよすぎるだろ! 空井さんも褒めてた」と伝えられた。あの空井さんにも見ていただけるなんて光栄なことだ。
 今日は徹と電話をすることになっている。それまでは事務仕事を片付けることにしていた。朝10時のことだ。今日は寒くてエアコンをつけるか迷っていたところで電話がかかってきた。
「お疲れ、徹」
「お疲れー。そっちはもう寒いの?」
「うん。すっかり冬だよ。サンフアンは春だね」
「うん、最近はすごく過ごしやすいよー。コンクール終わってからどう?」
「うん、いくつか演奏の機会は頂戴したよ。デュエットとか」
「いいね、やっぱりコンクールの結果が仕事につながるね」
「ありがたいね、ほんと、運の良さもあるよ」
「また謙遜なさって」と、徹は笑った。
 でも、謙遜ではなく事実だ。私は奏者としては、まだまだだと思っている。
「……海外に通用するプレイヤーになるのはまだまだ先だよ」
「えっ海外?」
「こないだ、作曲家の子に言われたの。そういう道もあるじゃんって」
「そっかぁ。海外……萌はどうしたいの?」
 自分でもよく分かっていないことを聞かれた。つまり、アルゼンチンで音楽ができるかどうか聞かれているんだと思う。
「うーん。日本のコンクールで1位とはいえ、海外ってもっとすごいじゃん。海外ってどんなところか分からないんだよなぁー。というか、怖い。徹ってほんとすごいね」
「え? 何突然褒めて。俺は無鉄砲に飛び出した身だから、そこまで慎重に考えてなかったよ」
 そういうところがすごいんだよ。自分を信じるって真似できることではないんだよ。
「俺は……ブランコ監督の元で学びたかったから世界に出ざるを得なかっただけ。日本に戻る予定は今のところないな……帰化しちゃったしね」
「うん……」としか言えなかった。
 知っていたけど改めて徹から聞かされる現実。そう。徹は日本に戻らない。たくさんの覚悟を背負って18歳で世界に飛び出したかっこいい奴だ。なのに私はリスクある道は初めから排除し、確実を選んだ。
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