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七十二候

第45章 地始凍(ちはじめてこおる)


 私は徹とは幼馴染であり、卒業後から今まで互いに夢に向かって別々の道を歩んでいる現状を話した。
「そっかー。彼氏は萌ちゃんに日本で活躍して欲しいのかな」
「海外についてはどう思うかって、昔聞かれてたことはある。でも私が日本で活躍するプロになることしか考えてなかったんだ」
「まぁ、日本人だし、日本のプロになるのは普通よね」
 AKIはさらにワイングラスを空けた。
「萌ちゃん上手いんだから、どこにいたって需要はあるんじゃない?」
「そ、そんなことは……。海外のソリストって幼少期から研鑽を積んだ人たちだよ?」
 超有名な某世界的クラリネット奏者は大学在学中に世界でも有数なオーケストラの首席奏者になっているし、スウィングジャズの神様・ベニー・グッドマンは11歳で演奏家デビューしている。そんな天才たちと比べるのもおこがましいけど。
「日本に収まるのはもったいないよ。海外に出るチャンスがあるんだったら行くべきだよ。アルゼンチンはタンゴの国じゃない。いいなぁ~!」

 私は難しく考えすぎていたのかもしれない。それともAKIの勇気や行動力が常軌を逸しているのか。
「自分の可能性を信じたいところだな……とはいえ、吹奏楽団に入ったばかりだし、クラリネットのアンサンブル団体にも入ったばかりだし、まだ自分の実力が分からないうちは今の環境で頑張るよ」
「うんうん。でも時間は待ってはくれないよ。肝に銘じておくように!」

 AKIは私の人生を変えてくれた人。こんな尊敬すべき人が味方であってくれて本当にありがたいことだ。
 今度AKIが作曲したいというクラリネットのソロ曲を演奏することを約束した。空けたワインボトルは二人で5本にも及んでいた。明日は朝から中学生のレッスンが入っている。私は慌ててお水をもらった。
 帰り道、頭は冴えていた。こんなに海外を恐れている私は、18歳でひとりでアルゼンチンへ渡った徹は改めてとんでもない人だと思い知らされた。徹の背中は遠すぎる。徹の隣に堂々と立っていられる人になりたいと言った私の覚悟はまだまだ足りなかった。
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