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七十二候

第5章 葭始生(あしはじめてしょうず)


 すっかり桜の木には緑の葉が生い茂っている。毎年のことだが春は気がつくと終わっているし、春と夏との境目も未だに分かっていない。生き生きとしている草花たちには元気を貰う。でも今日は6月上旬の気温になるようで、春が深まるというよりかは、いつの間に夏になっていたのか?と困惑してしまう。
 ウインドオーケストラ東京の入団手続きを済ませて、池袋にある練習場でこれからお世話になる団員に挨拶をする。ちらほらと著名な奏者を見かけ、自分もこの吹奏楽団の末席に名を連ねると思うと、身が引き締まる。40名ほどの先輩団員の名前を早く覚えて、一日も早く演奏で役に立てるように頑張りたい。

「雨宮さん、よろしくお願いいたします。はい、これ今度の5月と6月の本番の譜面です」
「印刷までしていただき、ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」
 大量の譜面をくれたのは、国内ではとても有名なクラリネット奏者の大窪さん。高校のときにレッスンを受けたことがある。
「高校のときはお世話になりました」
「いえいえ。とっても立派になって。コンクールの活躍っぷり、すごいと思った。期待していますよ」
「ありがとうございます……頑張ります!」
 憧れの先生に暖かい言葉をかけられ、今まで頑張ってきて良かったと改めて思う。これからはこの先生が同僚になるなんてとても不思議な気持ちだ。

 今日は私が出演しない4月公演の練習日であるため、諸々の説明を受けたら帰宅してよいことになった。
 池袋は学生時代よりもずいぶんと街が綺麗になった。野外で音楽ができる会場、豪華な音楽ホール、シアターが次々と建設され、文化都市を目指しているのだと伺える。
 お昼過ぎに帰宅し、早速いただいた譜面と例の取り組んでいる曲の練習をしようとしたところに、徹からメッセージが入る。今日はオフなのかもしれない。

「飛雄のカレーのCM見た? たまたま見たんだけどめっちゃ笑えるね」
 影山飛雄くん。彼は徹と岩ちゃんの中学時代の後輩だ。私も徹たちを通して顔見知りではある。彼は天才セッターの異名を持つ。そしてこの天才の存在は、同じくセッターである徹のコンプレックスでもあった。
「私もテレビで見たよ。一瞬カメラを見失ってたよね。笑った!」
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