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七十二候

第44章 山茶始開(つばきはじめてひらく)


 冷えた空気がピリッとする。そこは暗闇に映える赤の世界。妖艶で美しい。ライトアップされたもみじはステージの光を浴びた女優のような姿だ。
 桜も紅葉も、特別感があるのは一年の中でも限定された期間にしか見られないから。たまには特別なことをしてみるのもいいのかなと思った。赤一面の世界を目に焼き付け、私も人を惹きつける奏者になりたいと思った。

 宿で豪華な食事を楽しみ、富士山の見える露天風呂に入る。とてもいい気分になったが、いつか徹と来てみたいな、と思った。徹と二人で出かけたのは高校時代の宮城県内とフランスのみだ。本当に数えるほどしかない、音楽やバレー以外の思い出。
 見たもの、食べたもの、感じたもの。いろんな経験が音楽に活きるんだと思っている。私は、もっと徹といろんな経験がしたい。徹がいたら私は宝石の池にも、ライトアップされた紅葉にもなれる気がする。
「会いたいね……」
 徹の言葉を思い出す。徹も同じ気持ちなんだ。だけど、バレーもクラリネットも互いに進むべき道があるのだ。
 神様は本当に意地悪だ。与えられた試練の解決方法を探すためにも、今日感じたものを音楽にしたい。私にできることはそんなに多くない。
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