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七十二候

第44章 山茶始開(つばきはじめてひらく)


 朝早く起きて午前中のうちに練習を済ませた。今日は徹も提案してくれた通り、休む日に決めたからだ。
 午後から東京のお隣・山梨県へ1泊のひとり旅へ行く。新宿発の特急電車で2時間程度で行ける手頃な旅行先。とても自然の美しい所だそうだ。
 大月駅で富士急行線に乗り換え、のどかな街並みをゆっくりと進む。まずは河口湖に向かった。
 ひとりで何も考えずにゆっくりしていることが不思議だった。いつもつけているイヤホンもつけずに、ただただ電車のガタンゴトンという音を聴いていた。
 河口湖は東京よりも寒い場所だ。だけど、この時期の宮城県のような気温だなと懐かしくなった。しっかり冬の服装をしてきてよかった。首もとには徹のくれたネックレスをつけていた。

 到着してまず、富士山の雄大さに圧倒された。こんなに大きな山を見たのは初めてだった。雪をかぶった姿がとても美しい。童謡の通りだなと、心のなかで富士山を歌ってみた。
 あとで徹や岩ちゃんに自慢しようと、何枚か富士山と河口湖の写真を撮った。そしてその足で河口湖のもみじを見に行った。赤く紅葉したもみじは秋の深まりを感じる。湖の青とのコントラストがとても見事だった。緑色の木々も生命力を感じて好きだが、こうして葉が落ちる前に見せる紅葉はやはり特別感があった。
 夜にはもみじ回廊という場所でライトアップが行われているらしいので、後で行ってみることにした。一旦ホテルに荷物を預け、次はバスで忍野八海へ向かった。
 忍野八海は富士山を水源とする8つの池の総称で富士山の構成資産として、世界文化遺産に登録されている。昔ながらの日本の家屋と水車、そして美しく透き通った池と富士山。まるで絵本や日本昔ばなしの世界だった。池は光を反射させ、きらめくアクアマリンのような色をしていた。
 富士山の雪解け水が何十年もかけて溶岩を通ってろ過された湧き水は、水深8メートルもあるのに底が見えるほどの透明度。青く見えるのは水の深さが増すと青い光以外を吸収するからだそうだ。
 私は雪解け水の輝く宝石に魅せられて、ずうっと眺めていた。たぶん、天国ってこんな池があるんだろうなと思った。

 思い浮かんだメロディを心の中で口ずさみながら河口湖に戻り、そのままもみじ回廊へ向かいもみじのライトアップを堪能する。平日ということもあり、人も少なく幻想的な世界を独り占めした気分になった。
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