• テキストサイズ

七十二候

第41章 霜始降(しもはじめてふる)


「気持ちが揺らぐって……辛いことあるんでしょ? 私に言えないこと?」
「いや……俺、思った以上に萌のことを大切に想っているからかも」
「え……?」
 心臓が高鳴った。それは、私にそばにいて欲しいということだと察した。
「あ、いや、俺が決めたことだし、バレーのために選んだ道は間違ってないと信じているよ? でも、たまに後ろ向きになることもあるっていうか……」

 言ってみようかな。言ったら迷惑をかけると思っていた言葉を。
「うん……私も、徹と将来どうなっているのか見えなくて不安なことはあるよ。私が徹にすがっているとはいえ……」
「……そっか……」
 声色から、徹の気持ちは読み取れなかった。
「でも、これは私も私で決めた道だから。まずは目の前に迫っているコンクールを頑張る。最近はちゃんと栄養を考えてご飯を食べてるから、身体の調子がいいんだよね」
「そうだね。健康に気をつけてくれたから安心したよ。本選、めっちゃ祈ってるから! いい演奏をして会場を驚かせてきてね」
「うん、徹も身体には気を付けて試合頑張ってね」
 徹は「もちろん」と言いかけて、数秒間何かを考えていたように間を空けてから私に聞いた。

「萌は、音楽好き?」
「……仕事である以上、好きだけではやっていけないことはあるよ。嫌な人に会うこともあるし、この前なんか、同じ現場で一緒になった人に『才能があっていですね』なんて嫌味まで言われてさ。それでもその人と仕事をしなきゃいけないしね。でも、音楽が好きであることは忘れないようにしたいよね……」
「そっか。そんな失礼な奴がいたんだ。腹立つな」
 気の合わない人や理解ができない人もいる、だけど大人はうまく折り合いをつけて距離を保ちながら、あるいは上辺だけでも取り繕って生きていくことが必要だと思う。角を立てず、無駄な正義も振りかざさず。
 そんな生き方を八方美人と呼ぶかもしれないけど、大人には「生きる術」というずるい言葉で誤魔化す。徹なら、きっとそうしろと言う。徹は明け透けなところもあるが、必要なときには本音を隠すのが上手いのだ。
「徹も、バレー好き?」
「うん。忘れてしまうくらい辛いこともあるけど、小さな成功とか、ちょっとしたことでバレーが好きだと思い出しちゃうよね」
/ 234ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp