第34章 月夜の悪戯の魔法
ーー夜9時。約束の時間になった。キラーはまだ現れない。アユナは船の甲板ではなく、船から少し離れた浜辺で腰を下ろして体育座りの体勢でキラーを待っていた。ーーこれはケイトからの提案だった。船の上にいれば、トーダやクユンに見られる可能性もあるからだ。
「……」
ー明日の夜9時、お前のことを攫いに来る。
(嘘、だったのかな?)
ーわたしの心だけを盗んで、彼はどこかへ行ってしまった。ーー昔、読んだおとぎ話と同じだ。
見上げると、雲1つない夜空には星がきらきらと輝いていた。
アユナは視線を下に向ける。ーー海の波が弱く、時々強く寄せては引いていくのを眺める。海の向こう側は夜空と繋がり真っ暗で見えなくなっていた。
「……」
アユナはまばたきをして、靴を脱いで立ち上がった。少しだけ波に近寄る。
迫ってきた海水はアユナの足を柔らかく包み込んで、心地良い冷たさが浸透していく。
(……気持ちいい)
「……」
アユナは息を吸って、歌を歌い始めた。
「♪〜君と夏の終わり 将来の夢
大きな希望 忘れない〜♪」
最初は小さな声で囁くように、それからだんだんと声が大きくなっていく。
「♪〜涙をこらえて 笑顔でさよなら
せつないよね 最高の思い出を……〜♪」
いつの間にか、水の柔らかさをもっと受けたくなって少しずつ海に近づいていた。気付けば膝の辺りまで海水に浸かっている。
「アユナ!」
歌が歌い終わるのと同時に、後ろからぐいっと引かれて抱き留められる。