第1章 【伏黒恵】あなたに聞きたいことがある
「……俺からもお前に聞きたいことがある」
「なんだよ」
「取り残されたお前がどう生きたかは知らねえ。俺は、お前と一緒にいたほうがよかったか。それとも売った方がよかったか」
男の問いかけに思い出すのは、小さかった頃の記憶。
突然父親がいなくなり寂しさでたくさん泣いた。
津美紀にもたくさん世話を焼かせた。
辛い日々の方が多かったのは事実だった。
だけど、伏黒ははっきりと答えた。
「もし、あんたと一緒でも禪院家に売られたとしても。たぶん俺は俺の幸せを、津美紀の幸せを、そういうものを知らずにいたままだったと思う。だから、俺は、このままでいい。伏黒恵のままで」
「……禪院じゃなくて伏黒か。よかったな。またどっかで会えるといいな」
背を向けて男は伏黒の前から姿を消した。
静かな山の中。
もう誰も伏黒の名前を呼ぶ者はいない。
寮へ戻る途中、チビ黒がいるか気になったがチビ黒の姿も無かった。
それがどこか寂しく嬉しかった。