第1章 【伏黒恵】あなたに聞きたいことがある
目の端に男の姿が映ったのを伏黒は見逃さなかった。
急いで走ってその背中を追う。
「ちょっと、待て!!」
「見てたぜ」
少しだけ弾む息を整える伏黒を目に映しながら男は笑って言った。
「チビに調伏の仕方教えてやったんだな。感謝するぜ。おかげで俺は一人で行ける」
「…………」
何か言わなくてはいけない。
だけど何を言えばいい。
行かないでくれなんて。
そんなこと今更。
言いたい言葉は喉に突っかかって音として出ない。
俯いて、眉間に皺を寄せ、唇を噛む。
そんな伏黒の様子を見て、男は伏黒に近づき見下ろし伏黒の頭に手を乗せた。
「どうした"恵"。また泣いてんのか」
はっと顔をあげた。
男は目を細めて伏黒を見ている。
その瞳に、伏黒の鼻の奥が少しだけツンとした。
「すぐ泣く癖、どうにかしろよ。女に嫌われるぜ」
「……俺、は」
「なんだ、チビ。はっきり言え」
「俺は、あんたにとっては荷物だったか?」
伏黒の言葉に、男は一瞬だけ黙った。
しかしふっと笑って。
「そうだな。荷物かと言われればそうだし金と見れば荷物なんかじゃない」
「クズだな」
「はははっ。だけど、これだけは言える。お前は俺の愛した女のガキだ。誇りに思え」
「なんだそれ……」
ふは、と思わず笑みがこぼれた。
こんなクズの癖に何を誇りにしろと言うのだろうか。
幼い子供を置いてどこかに行ってしまうような酷い親の癖に。
それでも胸を張れと言う男の事を、伏黒はどこか誇らしさを感じた。