第1章 【伏黒恵】あなたに聞きたいことがある
目の前の男の言葉に。
伏黒はここに来る前のチビ黒との会話を思い出していた。
チビ黒は男の去った場所を見つめながら小さな声で呟いた。
「もし、もし僕が玉犬を上手に出せないままだったら。パパはどこにも行かないでくれるかな」
もし、そうだったら。
禪院家に売られるなんて選択肢は生まれなかったかもしれない。
もし、相伝術式を継いでなかったら。
もし、そうなら俺は……。
そんな風に思ってしまっても。
受け継いだからには。
そういうわけにもいかない。
たられば、なんてものは。
ただの願望に過ぎない。
伏黒は小さく息を吐いた。
目の前でニヤニヤ笑う男を殴りたい衝動を抑え、チビ黒の元へと向かった。
チビ黒は練習で疲れたのか、切り株に寄りかかって寝ていた。
寒くないだろうかと思い伏黒は玉犬を出し、チビ黒を包むようにと命をだした。
「……ん」
「悪い、起こしたか」
玉犬の温もりに目を覚ましたチビ黒はじっと式神を見つめる。
その小さな手を式神へ伸ばし優しく撫でた。
「僕も、この式神知ってる。まだ上手に出せないけど」
「奇遇だな。俺も最初はてこずった。でも、こいつらは俺が最初に出せるようになった式神なんだ。だからすごく頼りにしてるし、大事にしてる」
「僕も、おにいさんみたいに、上手に出せるかな」
「出せるよ。一緒に練習するか?」
チビ黒の表情が明るくなった。
その頭をわしわしと撫でる伏黒はチビ黒に式神の調伏の仕方をおしえてあげた。
その様子を少し離れた木の陰で、男がじっと見つめているのも知らずに。