第26章 【西園寺羽京】月が綺麗ですね。
夏目漱石は"I love you"を"月が綺麗ですね"と言ったらしい。
日本人は奥手で、ストレートに"愛しています"というのは恥ずかしいから、適当にロマンチックなこと言わせとけよ、といったところだろうか。
「でもさ、私は思うわけよ」
「なにを?」
「"月が綺麗ですね"って言われてそれを"I love you"だって訳せる?私なら無理。ストレートに"愛してる"って言いなさいよって思う」
千空から与えられた作業をしながら、私は隣にいる羽京にそう言った。
文明が滅んだこのストーンワールドで夏目漱石の逸話が出てきたのは、日向ぼっこをしている猫を見てしまったからだろう。
手足を伸ばして寝ている猫はとても気持ちよさそうだ。
「まぁ、遠まわしな言い方は伝わらないよね」
「でしょ。本当に伝えたいことはさはっきりと言葉にしないと意味ないよね」
「らしいね」
羽京はくすくすと笑った。
子供みたいなその笑顔が可愛くて、私の心臓はきゅんと高鳴る。
そう、何を隠そうこの私は、隣で黙々と作業をしている元自衛官の童顔男こと西園寺羽京に絶賛片想い中。
私の気持ちを知っているのは今のところゲンのみ。
ちらっとゲンを見ると、軽くウィンクをして笑った。
大丈夫だよという励ましなのか、頑張れと言う応援なのか、それともおちょくられているだけなのか。
どういう意味なのか真意がまったく読めない。
まぁ、いいや。
「羽京は?」
「ん?」
「告白するなら、羽京はストレートに言う?それとも遠回し?」
「え~、どうだろう。考えたこともなかったなぁ」
この言い草からして、羽京は告白をされてきた側だ。
告白する側がこんなこと言う訳がない。
と言う事はつまり、自分から好きになったこともないということだ。
モテてきたんだなと言う事が伺えたし、知りたくもない事実を知ってしまった。
そのことに勝手に傷ついてしまった私は、大変滑稽に映っているに違いない、ゲンの目には。