第15章 【吉野順平】寂しさを口ずさむ
元は、1750年代のフランスで流行した作曲者不詳のシャンソンなのに。
それを モーツァルトが、そのメロディから変奏曲を作ったものなのに。
元の題名は"ああ、お母さん、あなたに申しましょう"だと言うのに。
このことを知っている人は一体どれ程いるのだろう。
「Twinkle, twinkle, little star, How I wonder what you are」
「英語版ですか」
「そう。日本語より好きなんだよね、私」
「それ、なんかわかるかも」
「一緒に歌うかい?」
「え⁉」
目をまん丸にした後、彼はしどろもどろになった。
思わず声を上げて笑えば顔を真っ赤にして「なんで笑うんですか」と抗議をしてきて、それがまた面白くて笑った。
「学校、来なよ。授業に出なくていい、放課後だけでいい。こうして一緒にピアノでも弾いて歌おうじゃないか」
「…………」
何も言わずに俯く吉野くん。
ざわざわとする胸の奥。
いつもより沈黙が耳元で騒いでる。
今にも泣きそうな横顔に私は椅子から立ち上がって、彼の頬に手を添えて少しかさついた唇にキスを落とした。
凪いだ水面のように穏やかで、熱く、短い、優しい触れるだけのキス。
リップ音と共に重なっていた唇を名残惜しそうにゆっくりと離した。
「ふふ、茹蛸みたいだ」
「な、なんで……」
「……さぁ、なんでだろうね。考えてみなよ。考えて、そして、私の所にきて吉野くんの回答を聞かせて」
それだけ言って、私は彼の右目に隠れる痛々しい跡に優しく触れ旧音楽室を後にした。