第15章 【吉野順平】寂しさを口ずさむ
「……さん」
「なんだい?」
落ち着かない空気の中、吉野くんがゆっくりと私の名前を呼んだ。
何かを期待してしまう自分がいるが、一体何を期待しているというのか。
そんなのわかりきっているはずなのに、気付きたくない、気付かずにいたい。
吉野くんは、何度か口を開いては閉じてを繰り返し、何度目かで口を開くと大きく息を吸ってまっすぐに私の目を見つめた。
夜のように黒い瞳に私の情けない表情が映る。
「さん」
「……うん」
「……………………………………また、明日」
長い沈黙だった。
いろんな感情を押し殺し絞り出した彼の声に、なぜか胸が締め付けられ、瞳の奥がゆらゆらと揺れた、ような気がした。
「また、明日」
私もまた彼と同様に、なんとか絞り出して、それだけを言葉にした。
下手くそな笑みを浮かべた彼は私に背を向けると、一度も振り返ることなく歩き出した。
だから私も彼に背を向けて一度も振り返ることもせず、急いで家に帰った。