第5章 【山口忠】雨音に
次の日。
私は朝一番に山口君に傘を返した。
「昨日はありがとう。おかげで濡れないで帰れた」
「ううん、こちらこそありがとう」
満面の笑みが私の瞳に飛び込んできた。
どうして山口君がお礼を言うのだろう。
よくわからなくて「どうたしまして?」と返したらおかしそうにクスクス笑ってその笑顔に胸が締め付けられた。
私はどこか病気なのだろうか。
走ってて苦しくなることはあるけど、今は走っていない。
それなのに、どうしてこんなにも胸が痛いのか。
自分のことなのに自分の気持ちがわからない。
夕方ころからまた雨が降ってきた。
本当は外で思いっきり走りたかったけど、雨が降ってては意味がない。
またギャラリーでのダッシュ50×5が待っている。
中の練習は外よりきつい。
一本目のダッシュが終わりウォーキング中、体育館に目を移す。
そこにはバドミントン部とバレー部が練習していて、目が一瞬にして捉えた。
今はサーブ練習なのだろう。
何本もサーブを打つ彼の真剣な姿が目に飛び込んできた。
そういや一年生で唯一スタメンじゃないと聞いたことがある。
私もスタメンじゃない。
補欠だ。
だけど、仁花が言っていた気がする。
山口君はなんちゃらサーバーだって。
なんだっけ。
流れを変えたいときに流れを変える特別なポジションとかなんとか。
バレーのことは知らないけど、今度山口君に聞いてみようかな。
山口君はすごいポジションの人ですかって。
我ながらアホ丸出しの質問だけど、きっと彼は笑って教えてくれるだろう。
今朝の彼の笑顔を思い出して、胸がまた痛くなった。