第10章 お風呂に入ろう
「五目差で伊達殿の勝ちです」
「ほへー」
宗時がどこか気合の入らない息を吐きながら目を輝かす。改めて見下ろしてみたところで盤の上は黒と白の石が各所にあり、素人目では勝負の結果はわからない。
「整地しますか?」
「いや、いい」
客人の様子を不満とみたのか少年の気を利かせた提案は、勝者によって却下された。
政宗が言及しないというのなら少年の言葉は正しいのだろう。戦以外では役に立たない無駄に育った腕を幼馴染の首に回し明るい声をあげた。
「そうか! 五目かー。 すんごいイイ勝負だよな? なぁ?」
「良い勝負でも、負けは負けですよ」
悔しさをにじませながら見せる八重歯に、宗時が感慨深そうにうなずく。
「小助っていったけ? 俺、こいつを追いつめてるの小十郎さん以外で初めて見たよ」
「そのようにおっしゃっていただけて光栄でございます。もう一局なさいますか」
聞いただけでは政宗に選択を委ねるような口ぶりだが、初戦と同じく挑むような眼差しは変わらない。再戦を望む小姓の方を見向きもせず政宗は盤を見つめたままだ。
しばらく難しい顔をしていた政宗が急に顔を上げたかと思うと、小助に詰め寄る。思いもよらない行動だったのか、ここまで落ち着ちつきをみていた少年が畳に手を付けた。
「なあアンタ?」
少年の背が離れた分の倍くらい、ずいと体を寄せ追いつめる政宗。
ここに来て初めて見せる少年の動揺が宗時にも伝わる。主を止めることは憚れる立場だが、幼気な少年が龍の爪にかかる姿は良心の呵責に苛まれる。しかし、片目がなくとも十分過ぎるどころか余る程の美丈夫が、大人と子供の丁度はざまに差し掛かった少年を追いつめる姿はどこか倒錯的だ。理性を押しとどめた欲が体の動きを止めてしまう。
宗時の葛藤はさておき、ずりずりと後ずさっていた少年の背が漆喰の壁にぴったりと張り付く。逃げ場を失った小さな体を大きな影が覆う。少年の分けた前髪から覗く白い額に薄い唇が触れるか触れないかの距離まで詰める。
政宗は柔らかそうな肌にふっと息を吹きかけると、立ち上がり口元を歪ませた。
「次は汗かくことでもしねえか」