第10章 お風呂に入ろう
「いらねえ。オレに一太刀でも入れられるとか思ってるのか?」
「いえ、そういうことでは」
鋭い視線に貫かれ、たじろぐように声を震わす少年。
「お前ね、俺だからってたまには間違って当たることあるからな。それで傷なんて開いた日にゃー、俺、小十郎さんに首飛ばされるって」
少年の肩に手を置き庇うように前に出た宗時は、もう片方の手で自身の首を真一文字に切り裂く真似をする。
「Huh? 誰が宗とやるって言った?」
「えっ? あれ? 俺じゃないの?」
政宗は木刀の先を宗時に向けて、払うそぶりを見せる。
「なっ! お前ね!!」
犬猫を追い払うような仕草に大人しく従ってしまってから、我に返ったように抗議の声が上がった。
木刀はそんなことをまるで気にせずに、迷うことなく相手に向けられる。
鎧を掲げた姿勢のまま、眉を八の字にし、差し出したその手を引くべきか否か決めかねている少年に向けて。
「ええと……私ですか?」
「言っておくが、さっきみてぇな接待は無しだ」
目を大きく開いたまま固まる少年に友好的とは言い難い笑顔を向ける。
「もっとも手を抜けるもんなら、抜いてもらっても構わねえけどな」
一歩下がる少年の背が固いものに当たって止まる。ギギギと音がしそうなほどぎこちなく顔を上げれば、こちらは友好的な笑顔の宗時。
「ごめんねえ、うちの殿様、君とやりたいんだってさ。遊んでやってよ」
前門の龍、後門も龍だ。逃げ道を塞がれた少年は、尚も往生際悪く危難を逃れる術を探すがどちらも譲る素振りはない。
前の龍が歩を進めれば、切っ先の鈍い光沢が否応にも小助の目に入る。
「エモノはなんだ? その隠してるヤツを出してくれてもいいんだぜ」
また一歩。これで政宗の太刀の範囲に入った。
「ったく、もったいぶってくれんなよ。動かねえのならこっちから行く」
言うが早いが、木刀を振り上げる。一歩踏み出した足に、しっかりと落ちた腰。強烈な威圧感にあたりを包む空気が重さを増したような気持ちにさえなってくる。すーっと引っ張られるような勢いに小助は逆らうように左に体を反らした。
ひゅー。
鳴りが今一つな口笛の音が通り抜ける。
小助の横、正確には小助が元々いた位置には、木刀を振り下ろしきった政宗の姿があった。
つまり避けなければ、頭の頂点から小助の体を縦に割られていたということだ。