第10章 お風呂に入ろう
女を連れて来い。という政宗に宛がわれたのは、幸村の小姓だという少年だった。
政宗も宗時もあのおちゃらけた忍びが客人の希望を叶えることは微塵も思っていなかったが、元服して間もないくらい幼さを残す少年が来たことには目を大きく見開いた。
ひとりで部屋を訪れた少年に宗時は、部屋間違えてない?と思わず声をかけたほど。
宗時の誤りをやんわりと正すと、少年は穴山小助と名乗った。常にそうしていることがわかる模範的な座と礼は息をのむほど美しい。そういえばこの少年の主も暑苦しい個性に目を瞑れば、礼儀正しいまっすぐな好青年だった。
しかしいくら主に気性が似ていようが、所詮は類似品。機嫌の悪い奥州筆頭を相手にこの弱弱しいひよっこがつとまるわけがない。案の定、政宗の顔も険しさを増していた。
主に似ずいい加減な忍びのせいで罪のない少年を泣かせては可哀そうだと考える宗時の不安をよそに、きちんと栄養がとれているがとれているかどうか不安になるほど細い腕が、それに見合わない重厚な碁盤をドンと置いた。
「碁はいかがでしょうか」
政宗を正面に真っすぐ見据え。見た目のとおり柔らかい声で誘う。
龍に捧げられた贄は、意外に大物なのか、単に空気が読めないのか。だが、怯え一つなく挑む眼差しに奥州の龍は気を良くした。艶のある碁笥からじゃらりと音を立てて白石を握り、盤に伏せる少年。政宗はその数を当てて先手を取る。
「手合割はどうする?」
政宗にしては珍しく少年に譲歩してみせると、少年がにこりと笑みを浮かべる。
「幸村様とは無しで打っております」
「HA! いい度胸だ!」
宗時が数刻前のことを思い出していると、お遊びの囲碁に似つかわしくない真剣勝負特有の鋭い空気が和らいだ。
これは、と碁盤をのぞき込めば、勝ち負けがわからないほど拮抗した盤面。
「……終わりですね」
ともすれば、聞き逃してしまうほどの小さな吐息に乗せた音。
上がってきた幼顔が政宗を見るが、当の本人は、難しい顔をしたまま盤を見下ろす。
「ああぁ」
しばらく使わなかった喉のかすれた返事の末尾に重みがかかる。
「ひい、ふう、みー……なあこれ、どっちが勝ってんの?」
ぐわっと政宗の首を抱き込み、そわそわと指で宙を叩く宗時に対面から変声期を前にした優しい声が応えた。