第10章 お風呂に入ろう
抑えられていた闇が滲み出て輪郭を歪ませる。因縁積み重なるこの御仁を相手にするとどうにも調子が狂う。口を開き、流れるように己の堪え性の無さを吸い込む。
「あんたも療養長引かせたくないんじゃない?」
少しの闇と共に吐き出された言葉は不穏さを隠せていなかった。
佐助の瞳の昏さに政宗が応える。
「上等だ」
いよいよな剣呑さを漂わせるふたりに慌てたのは、すっかり蚊帳の外にいた元凶だった。
「おいおい、ふたりとも止めろって。なあ?」
間に割って、両者を交互に見やる。
「つまんねえこと言うなよ、宗時」
元より期待はしていなかったものの交渉する気すら見せない幼馴染。しかたなしにもう一方に瞳で訴える。
「忍びのあんちゃんも抑えて。こいつ暇だからって喧嘩吹っ掛けてるだけだから」
「えー、そうなの。俺様忙しいから暇人の相手はちょっとぉ」
こちらは自身の感情より立場を優先する。おちゃらけた言葉には政宗をさらに煽るものがあったが、重苦しい空気はすっかり消え去っていた。
「Shit! つまんねえな! もう、昨日の女でいいから連れて来いよ!!」
つまらないものを吐き捨てるように吠える政宗に、佐助はケタケタと笑ってみせる。
「女だってぇ? 明るいうちから破廉恥な殿様だねえ」
相手の思惑を潰したことが楽しくてしようがないという態度を隠しもせず、腰を低くして不機嫌な顔をのぞき込む。その不愉快な顔をまともに見て、斜めな機嫌をさらに傾けた殿様は、悔し紛れに言葉を投げつけた。
「健全にお茶でもしてやるよ!」
******
パチッ……パチッパチッ。
不規則に盤を叩く音が響く。石の上を覆いつくしていた政宗の影が退くときの衣擦れを最後に静寂が始まる。
動きを止めた後頭部には頭の大きさに相応う小さなつむじ。膝の上には置かれた緩く結ばれた拳。
微動だにせず盤をのぞき込む姿勢を待つ。