第10章 お風呂に入ろう
「お気持ちは嬉しいけど、こっちも色々忙しいのよ。そっちの不機嫌な旦那のお相手でもしてくれませんかね」
佐助のため息交じりのお願いに、宗時は主を振り返る。その端正な顔をマジマジと眺めてから呟いた。
「梵は可愛くないからヤダなー」
「宗時は可愛くないからヤダなー」
間髪入れず政宗も宗時を真似る。
両者とも棒読みといえるほど、心がこもっていない。
「えっ? 何それ? 俺様もヤなんですけど。夕方には真田の旦那が帰ってくるからさ」
つまらない漫才に乗りつつ、聞き分けのない客人を落ち着けようと、ここにいない主の予定を告げてやる。
そんな忍びの気遣いにも政宗が忌々し気に舌打ちして、睨みつける。
「そんなに待たされるのかよ」
負けじと佐助も睨みを利かせてみせる。
「バカ言わないでよ! 上田まで行って戻ってこの時間ってめちゃくちゃ早いからね!」
「なー、それまで女の子とお話しさせてよー」
空気を読まない宗時に佐助は追加でため息ついた。
「みんな忙しいんだって」
吐き出した本音を拾ったのは、いけ好かない男の方だった。
「そんなこと言ってもいいのか? 昨日怪我した女を運んでやった恩人だぞ」
火のついていない煙管を佐助に向けて、恩着せがましくのたまわるが、佐助の方もこの程度の挑発には慣れたもの。
「怪我させたのもあんたらでしょ」
「怪我させるように仕組んだのはアンタらだろ?」
「なんのことやら? 誰が好き好んで怪我なんてするんですかねー」
尚も迫る政宗に、とぼけた態度で鼻歌交じりに言ってのける。これには導火線の短い竜がカチリ歯を鳴らす。
「Ah? 舐めてんのか?」
「舐めてほしいんですかぁ?」
バンッ! 政宗が勢いよく開けた扉が音を立てる。握りこぶしからはみ出た親指が外を指す。
「この野郎! 外出ろ! 幸村の代わりに相手してやるよ」
「主の代わりをこの草めが務めるなんて、恐れ多いことでございますぅ」
「負けるのが怖いのか?」
「冗談。同盟国の筆頭に怪我させちゃあねえ」
両の掌を天に向けひらひらと振る。佐助の方もいい加減苛々が募ってきたのか、額の皺が深さを増していた。