第10章 お風呂に入ろう
遠くなる気配に体のこわばりが解ける。二人分の体温に慣れ過ぎたせいだろう。二の腕をさすって物足りない熱を補う。
そんな少女の足元に目を落とし呆れたように医者は言った。
「皆さんと申したでしょう」
少女の影が歪に揺れ、ぶくぶくと立つ泡のように人型を浮かび上がらせる。
影から現れた猿飛佐助は、医者の表情を目の当たりにして、引きつった笑い顔で両手をあげる。
「へいへい。後片づけしてきますよっと」
うめの頭をぺしりとはたいて、「やりすぎ」と呟くと政宗の後を追うように部屋を後にした。
常人には決して聞き取ることのできない足音が遠のくと、今度こそ本当に部屋の中は医者と少女のふたりになった。
少女は台の上で膝を抱えて丸くなると、医者の方を上目遣いに見る。
「うめちゃんとできてたしー」
同意を求めたつもりが、ごくごく自然にそっぽを向かれる。
ちぇっと舌打ちして、ぎしりと台を軋ませてに横になる。
「ふくは大丈夫かな」
「心配いりませんよ。あの子はうめよりも上手ですからね」
寝姿勢のままぷうっと頬を膨らますうめ。それを一笑に付してから医者は窓際に立った。明るい外には、毛を逆立てた猫のようにいがみ合う青年が二人。医者は目を細めて、小さくなっていく背を見送った。
「できる方ではありませんか」
「どこがさ」
「貴女のお芝居に付き合ってくれたあたりでしょうか」
「……うめちゃんとできてたし……」
うめが先ほどと同じ台詞を弱弱しく吐き出しながらあからさまに拗ねてみせると、優しい医者は見せつけるように薬壺を手に取った。さっと青ざめたうめが慌てて台の上に立ち上がる。
「足は怪我してないよ」
健脚を主張するかのようにその場で足踏みをしてみせる。
「知ってますよ。せっかくのお客人の御好意ですから」
医者が薬壺を持っていない方の手で奥の戸を引く。現れたのは敷かれた布団。
少女の表情がぱあっと明るくなる。
「長旅お疲れ様です。ゆっくり休んでいきなさい」
「Thanks! 海六ちょー好きっ!」
うめは台の上から海野六郎の背に飛びついた。