第10章 お風呂に入ろう
「薬草をすり潰した軟膏ですよ。打ち身、腫れ、切り傷、虫刺され、冷え性、痔、便秘、胃腸の不振、喉の痛み、初期の風邪、便秘、筋肉痛、疲労回復、虫下し、不眠、便秘に美肌となんでもよく効くのですよ」
「そいつは結構だが」
同じ単語を何回か言ったように聞こえたが、政宗はうやむやをなんとか飲み込み無難な返事をした。
医者が壺から匙を取り出すと、さらに臭いが強くなる。医者の鼻と口元は政宗の気づかぬうちに布で覆われていた。
政宗もそれにならい着物の袖で顔半分を隠す。
「欠点は、乾くまでがとにかく臭いことですかね」
「……そうか」
自身の傷に使われなかったことに安堵する。一方我慢することができず嗚咽を漏らす少女に憐みの視線を向ける。
「本当に臭いんですよ」
逃げ場のない少女を事実上の処刑宣告で怯えさせながら、匙の許容量の三倍はあろうかという山を近づける。顔を背けようとするその後ろ頭を押さえつけて、額にどす黒い山を押しつけた。べちゃりという効果音を甲高い日本語としての意味を為さない音が引き継いだ。
「……あと、足だ」
薬草の唯一であり最大の欠点により、見るも無残な少女。
政宗は現実を受け入れることを拒否するようにその姿から目を逸らし、薬が詰まった壺を指さす。
「またこれを使うのか?」
「傷を診ないことには、何とも申し上げられません。打ち身でしたら他にも効くものはありますが、この薬草が一番ですね」
顔半分は布で覆われてはいるが、その目は緩い弧を描く。一見すると優しいそれが恐ろしく見えるのはなぜか。
「では、恐れ入りますが、皆さんお引き取りいただけないでしょうか」
「Ah?」
眉を上げ怪訝な顔を見せる客人を医者は優しく諭す。
「足を見るには、着物をめくらなくてはなりませんので」
「それは気が利かなかったな」
親しいわけでもない少女の着物の内を覗くことはさすがに気が引けたのか、素直に出口へ足を運ぶ。
「まって! あの、えっと」
言いよどむ少女に応え振り向けば
「……さんくす」
強烈な臭いを放つ少女のためらいがちな呟きが政宗に届く。
先ほど政宗が家来たちに向けた言葉を真似たようだが、日本語そのままの発音。とても褒められる南蛮語ではない。しかし、政宗は口元を歪ませ、
「Superb!」
賛辞を贈った。