第10章 お風呂に入ろう
開けっ放しの入口を抜けると、ひんやりした土間には、また見知った顔が。
目を大きく見開き、口はその目よりも大きく開いていた。心なしか草履を持つ手は震えているようにも見える。
先ほどはちょっとした悪戯心でからかったものの、あのやり取りをもう一度かと思うと食傷気味にもなる。寝てばかりの生活のツケは政宗が思うよりも筋力にきているようで、腕もプルプルと限界を訴えてくる。
「おや、伊達殿いかがなさいましたか」
引き戸の奥から顔を出したのは、政宗の傷を診る医者だった。
「忙しいとこ悪いな先生、こいつを診てくれねえか」
医者は政宗たちの突然の来訪に驚いた様子を見せたが、すぐに室内に招いてくれた。足だけで乱暴に草履を脱いだ政宗は、招かれるままに奥を目指す。その際、固まった部下が視界に入ったが、固めたまま放置した。そのうち気を取り戻し、外の連中にでも事の次第を聞くことだろう。
陽の差し込む明るい室内に置かれた寝台。やっと腕を休められる。上体をかがめ荷物を降ろそうとして、考え直したかのようにもう一度抱きかかえる。
「そちらにお嬢さんを座らせていただけますか」
その不審な様子に医者は、台に問題がないかを確認した上で再度指し示す。
「ああ、いや。なんだか妙に馴染んでだな」
胸に抱き込む熱は心地よい。纏っている着物、布一枚が惜しくなる。直接この熱を肌に伝えたら。
目を細め、少女のつむじに視線を落とす。
「ふふっ。伊達殿、破廉恥でございますよ」
幸村お得意の文句で責められて、ばつが悪いと言わんばかりに顔をしかめた。
医者の強い眼差しと己が腕の訴える限界に、ついに負けて少女を手放す。
名残を惜しむように政宗の指が少女の前髪を掠める。刀を扱う武士の指が過ぎれば、額に赤い半円が顔を出す。くっきりと残る”たらい”の跡は、形だけみれば政宗の兜の前立てのようにも見えなくもない。
「これはこれは。大丈夫、このくらいなら痕にはなりませんよ」
医者はそう口にしながら、棚から小さな壺を取り出す。壺を塞ぐ栓を抜くと、鼻を突くなんとも形容し難い臭いが広がった。政宗は自身の鼻の前で手を振り臭いを避けようとするが、その程度ではあまり意味を為さない。
「そりゃなんだ」