第10章 お風呂に入ろう
少女に導かれるままに歩を進める政宗であったが、違和感を拭えずにいた。道すがら武田の家人と思わわしき人物とすれ違うが、道を譲り会釈はすれども引き留められることはなかった。隠し切れない高貴な気配を放つ客人が下女を抱えている異常な状況にも関わらずだ。
屋敷の外に控える門を守る武士も政宗たちを見るなり、手にした槍を下ろし屋敷の主人を思わす暑苦しい挨拶のみで通す。武具を持っていないからといっても、休戦さえ終わってしまえば敵になる相手に緩い警備で大丈夫なものかと自分のことでもないことに政宗は不安を覚えた。
離れにある診療所の前には、政宗のよく知る顔が並んでいた。
行儀良くとはいかなかった烏合の衆ではあったが、ひとりが主の存在に気が付くと、とたんに秩序が生まれる。しかしざわめきは、さきほどの比ではない。ひとりがつんのめる様に政宗の前に押し出された。一度、後ろで見守る仲間を振り返り難しい顔を向けたのちに政宗に向き直る。
「筆頭! その、お嬢さんどうしたんッスか!」
腕を横に付け、ぴしりと背を伸ばし、裏返る声を恥じることもなく疑問を投げかける。
そうだこれだ。と政宗は頷いた。普通はそこを疑問に思うものだと。
普通に返事をしようと口を開きかけたあたりで、この現場を作り出した原因の片割れがびくりと体を震わせ、着流しの首に顔をうずめる。小さな息が政宗をくすぐる。
一同が見守る中、政宗がこれ見よがしに柔らかい髪に唇を寄せると、ざわめきが悲鳴に変わった。
「デカい声出すから。honeyが怖がってんじゃねえか」
呆気にとられる集団を横目にしれっと政宗は言ってのける。
「なんだJokeも通じねえのか。怪我人を連れてきただけだ」
「ああぁ! そうッスよね! お嬢さんが先だ。皆下がるぞ」
海が割れるようといっては大げさかもしれないが、囲んでいた人々が分かれて政宗の前に道ができた。
「Thanks」
政宗は南蛮語の短い礼を告げて、家来たちに背を向ける。