第10章 お風呂に入ろう
しかたなしにそちらは宗時に任せ、政宗は倒れたままの少女に被さった”たらい”を持ち上げてやった。
見た目よりずっしりと重いそれを床に置くと、少女の瞳がぼんやりと政宗を映す。
「すまねえな、こっちの前方不注意だ。大丈夫か?」
「ひいっ!」
政宗を認識するや否や少女が素早い様で海老のように後ずさった。
そのあまりの珍妙な動きに思わず吹き出してしまってから、口元を手で覆った。
額が擦り切れ血がにじむ痛々しい様を目にしたからだ。
「血出てんじゃねえか」
近づいて傷を診ようとすれば、大げさなほどに後ろに下がる。
はだけた裾を直して膝を抱えた。
「なんだ足も痛めたのか? 手当できるとこはどこだ?」
「けっ、こけっ、結構ですぅ!」
「遠慮するなって」
朝方の鶏のような鳴き方の必死な否定。こうまで滑稽な態度を取られると次への期待が湧いてしまう。
怖がれていることは承知の上で、その背と膝裏に腕を通した。
怯え散らして縮こまるかと思いきや、意外なほど慣れた手つきで政宗の首にしがみつく。
「おい、梵!」
小十郎仕込みの諫めるような呼びかけに、今日一番悪い顔を向ける。
怪我をした少女には悪いが暇つぶしの散歩に付き合ってもらうことにした。
「悪りいなあ、宗時。後始末は頼んだ」
「えー、まー、いいけどー。ねえ、君、名前は?」
廊下の惨状と怯えた少女ひとりを任せられたにしては、満更でもない様子の家来を置いて歩く。
政宗の元には医者が訪問に来るため、その医者がどこから来るかは知らなかった。腕の中の少女に聞いてもいい。あたりには怪我が治りきらない自身の部下も滞在している。どこかで道を尋ねることもできるだろう。
「あの、お客人にこんなことさせるわけには」
抱き上げられたままということに心地が悪くなったのか。か細い声抗議が耳に入る。
「オレの連れが原因だ。それにこれくらい軽……」
言いかけて、言葉を選び直す。
「アンタ着痩せする方って言われないか?」
「いえ、初めて言われました」
「そうか、まあオレも寝てばっかだったしな」
「どのような意味でしょうか」
「Ah~、気にすんな」
気にしていたのは政宗だった。幸村の手合わせの前に鈍った筋力を取り戻す必要がありそうだ。万が一負けた時の言い訳にはしたくないと、鍛錬にしては柔らかすぎる重りを持ち直した。