第10章 お風呂に入ろう
「しっかしよー、部屋出てどこに行くってんだ?」
宗時は頭の後ろで手を組み、斜め上を見ながら政宗についていく。
「決めてねえけど。まあ道場とか行けば手合わせくらいできるだろ?」
「相手俺? うへえ。腹に穴開いてるってのに物好きだねえ」
「いい加減動かねえと治るもんも治んねえよ」
好敵手との手合わせを怪我を理由に遠ざけられ、政宗の我慢も限界だった。あの男がいない今、相手にできるのはこのやる気のない家来くらいだ。退屈も手合わせもうんざりと言う贅沢な家来にじゃあ何ならいいんだと目で訴える。
「そりゃあ決まってんじゃん!」
ぱたぱたという軽い足音が廊下を伝ってふたりの耳に入る。宗時は眉を上げ、目を細めると口角を上げた。
「可愛い女の子との愉しい交流よ」
言うが早いが、音に向かって宗時は弾むような足取りで歩を進める。
手合わせの話をしていたときとは打って変わって上機嫌な様に政宗が肩をすくめる。
しかし次の瞬間、向かってくる気配が想定より多いことに気が付き、虚を突かれたかのように固まる。
「宗っ!!」
政宗の声掛けに宗時が振り返ったが遅かった。
「おわっ!?」
「ふぎゅぅ!」
ドンッ!というぶつかる音、バサバサと何かが落ちる音に、男女の声が重なる。
背中を押された宗時は一歩前に踏み出してこらえたが、意図せず押してしまった方はひどい有様だった。廊下中に散らばった布切れ、それに囲まれるようにして、仰向けで倒れる少女。その顔は逆さになった”たらい”に隠される。
「うめちゃん!!」
惨劇の側で立ち尽くしていた少女が、甲高い悲鳴を上げる。
倒れる少女に寄り添おうとして、狼藉を行った相手が身分の高そうな客人ということに気づき、きょろきょろと双方を見やり悩む様子を見せながら、床に膝をつく。
「お、お侍様申し訳ありません! どうぞ、どうぞお許しくださいませ」
「いやいやいや、顔上げてよ」
慌てた宗時が膝を折り、小さく震える華奢な肩に手を回す。
安心させるように微笑んで見せるが、少女の方は泣き出しそうな顔でびくびくと怯える。
混乱のさなか取って食ったりはしないと言ってもなかなか理解が追い付きそうにない。