第10章 お風呂に入ろう
時を同じくして、負傷により同盟国での逗留を余儀なくされた奥州の筆頭がいた。
当初は傷の具合から動く気すら起きなかったが、ある程度塞がってくれば気分も変わる。そうなってくると、寝ているだけというのは彼の性に合わなかった。
幸いなことに彼の宿敵は、話し相手としてもなかなかに楽しめる男であった。生真面目な性格で真っすぐな心意気だが、頑固一徹というわけではなく話に柔軟性がある。また、暇つぶしにと持ち込まれた書物もなかなかに興味深い。兵法は己の右目に任せていたが、こういった戦手段を考えることに面白さを覚え、部屋が薄暗くなるまで読み漁った。しばらくはそれらで暇を潰せていたわけだが。
「飽きた」
ぱたりと書物を閉じると、行儀悪く大の字にひっくり返る。
「梵」
「んだよ。いいだろ、小十郎がいないだからよ」
たしなめるように男の幼名を呼ぶのは、原田宗時。竜の右目こと片倉小十郎は、主不在の国の守りを固めるべくすでに館を去っていた。その際、側遣いにと置いていったのがこの男。まだ政宗という名を戴く前からの気軽な付き合いではあるが、小十郎から何かを言い含められたのか、少し羽目を外しただけで小うるさいことを言うようになってしまった。せっかくうるさいのがいなくなったので、宿敵と手合わせといきたいところだが、怪我が治るまでと頑として譲らない。
「小十郎さんがいないからだよ。こんなところ真田のあんちゃんに見られたら失望されるぞ」
「そっちもいねーよ。今日は上田の城に行くんだとよ」
躑躅ヶ崎の館は本来、武田信玄が主である。幸村は政宗がいる間だけという条件で長期の滞在を決めたようであったが、やはり領主を務めている以上、不在では済まない用があると朝早くに上田に向けて発ったのだった。
「I can't stand it anymore.やめだやめ」
寝姿勢のまま足に勢いをつけ、反動で起き上がり、障子に手をかけた。
「お、おいっ!」
「嫌ならここに残ってな」
障子を開け一歩踏み出すと、その後ろに宗時が立った。
政宗が振り返ると、片目だけ瞬きしていたずらっぽい笑みを浮かべる。
「筆頭が行くってんなら、どこへなりともお供しますよ」
「あんだよ、アンタも飽きてたんじゃねえか」
政宗の呆れたような声に宗時はしたり顔を返した。