第10章 お風呂に入ろう
厨に薪を運んだ側から、空き手は許さんとばかりに指示が飛ぶ。
「お疲れ、うめちゃん! 次はそこにある汚れ物を持って行ってくれる?」
「りょーかい。 って、うわあ!」
顔見知り(うめの元の顔を知っているという意味。)の女中に指差された先には、いつぞやに才蔵に落とされた”たらい”とそれを覆いつくさんばかりの布の山があった。まわりは飛ぶような勢いで動き回る者たちで溢れている。これほど人がいてもうまく回るのは指示役の女が非常に優秀だといことに他ならない。とはいえ、手の回らないところはある。後にしても問題ないものその結果がこの山なのだろう。
「ふんぐっ!」
膝を曲げると、覚悟を決めて持ち上げる。忙しい合間にはらはらしながらうめを見ていた人々から歓声が上がる。はた目からすると洗濯物が、自力で動くという怪奇現象にしか見えないが、その状態で器用に障害物を避ける。
「すごーい! えーと、うめちゃんだよね?」
「うん? ふく久しぶりー」
洗い場に向かううめに桶を抱えた若い女中が並んだ。彼女-ふくとは甘味を食べる仲だ。
「ひと月ぶりくらい? うめちゃんちっとも来てくれないから。私もこれから洗い場だから一緒に行こう!」
道すがら、せがんでくるふくに勝てずに、旅で覚えた十蔵の寝言全集をうめが興じる。それがよほど面白いのか、くすくすとふくが少女らしい声をあげて笑った。
「ふくは、あんな助平のどこがいいのさ?」
「ええっ!? 普通に渋格好良いよ!」
うへぇと口を曲げるうめに、ふくは頬を紅潮させて反論した。
十蔵は諸国漫遊で屋敷にいること自体が少ないので、その性格はほとんど知られていない。ただし容姿は整っているので、ちらりと見かけただけの者からすれば、謎が多いところも含めて魅力に感じることも珍しくないということらしい。
「知らない方が幸せなのかも」
うめは首を振って呆れっぷりを表現した。