第10章 お風呂に入ろう
「なにやってんの、あんたら」
うめにとっての天の助けは、ため息に交じった嘆声だった。
声の主を前に、降参したように十蔵が両手を上にあげると、晴れて自由となったうめは地上へと逃れる。四つん這いのまま男から距離をとり、子犬のように吠えて威嚇する。
「おう、長! 戻ったぜ!」
なんでもないかのように挨拶する部下を佐助は半眼で見据えた。
その余裕のある様子から佐助がいること気づいた上でうめにちょっかいをかけていたのだろう。
「ああ、おかえり。それと長旅お疲れさん。戻って早々に悪いけど大将が土産話を聞きたがってる。報告いけるか」
「問題ねえぜ。うめちゃんとの、たーのしいお話たっぷり聞かせてくるな」
十蔵は地面に落ちているうめを一瞥し、ニヤリと歯を見せる。
「十蔵のかれいしゅう! さっさと行っちゃえ!」
うめが尚も吠えていると、佐助がさっさと行けというように手を振る。十蔵はその肩を引き寄せると小さく耳打ちした。
「余裕のない男は嫌われるぜ」
「あんたこそ、こんな”ねんね”相手にしてたら、男を下げるぜ」
きっと睨みつける佐助を余裕の笑みで躱しながら、弾むような足取りをみせる。
決まりの悪さを振り払うかのように佐助は咳払いして、落ちていたうめを引っ張り上げた。
「うめ臭い?」
「オッサンの言うこと真に受けるなって。お前が喚くから喜ぶんだろうよ」
「ううっ。十蔵きらい。ずーっとずーっと虐めるんだもん」
「その辺の話はあとで聞かせてもらうとして」
「えー、今聞いてくれないのー?」
「屋敷に面倒な客が来てるんだよ。ほら、変化!」
佐助に急かされ、不服そうに頬を膨らましながら印を結ぶ。
ふわふわとした靄が全身に広がり、うめのその姿を眩ました。