第9章 忍びだらけだってさ
「しかし、慣れというのは恐ろしいものでな。あの顔を見んと戦が終わった気がせんのだ」
「それはそれは。では、私があの子に変化いたしましょうか」
至極真面目な表情で六郎が指で複雑に印を構えれば、幸村は辟易してみせる。
「勘弁してくれ。賑やかなのはあれだけで十分でござるよ」
大げさに手を振り難しい顔をする幸村に六郎は柔らかく笑って頷いた。
変化とはいえ、少女の姿で主に縋りついて泣きわめくのは六郎としても気が進まないので有難い申出だった。
「さて、佐助はおるか?」
幸村の問いかけに薄暗い色のつむじ風が吹く。
風が止めば、地面に片膝着いた猿飛佐助が姿が現れた。
「はいはいっと、猿飛佐助参上ってね! 呼んだかい、旦那?」
佐助は、殊更明るい口調で幸村の呼びかけに応えると、片目をつむってみせた。
「うむ。此度の働き大儀であった。お主の陽動のおかげで敵陣営の守りがだいぶ緩やかになったぞ」
「へへっ、有難き幸せってね。これはもう禄を期待しちゃってもいいんですかね」
鼻の頭を掻きながら佐助が立ち上がると、幸村がずいっと近づきその肩を掴む。
「なあ、佐助? 小助の姿が見えないのだが事の由を知らぬか」
「あれ? 聞いてない? 小助は大将の仕事でさ、ちょーっと遠くまで行ってもらってるんだわ」
「なんと! お館様の!? それは名誉なことだ!」
周囲が明るくなるような調子の幸村に、佐助も頷く。
「しばらく帰ってこないけど、十蔵が一緒だから安心でしょ。それより旦那、早いとこ陣片付けて帰ろうぜ」
佐助が篝火台の籠に手を伸ばそうとするが、それを阻止するかのごとく幸村の手に力が入る。
軽口叩きながら佐助が振り返ると、幸村の口がへの字に曲がっていた。
「お館様の名前を出せば、俺が何も詮索しないとでも思うておるのか」
「詮索も何も。あいつが言付け忘れて出かけるなんていつものことだろ?」
佐助が素知らぬ顔をすれば、幸村の表情が険しくなる。