第9章 忍びだらけだってさ
大将を討ち取られた、敵兵は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。誰一人としてその仇を討とうというものがいないというのも同情に値する。幸村はこの首の持ち主について武芸者であること以外知らなかった。今更首となったものを知る由もないが、彼らにとっては良い主ではなかったのかもしれない。
その首を高く掲げ、味方と共に勝鬨を上げる。三度目の掛け声で収め、陣に戻るまでの道すがらも、兵たちの興奮冷めやらぬ叫び、安堵の声、引き上げる馬のひづめの音、刀を収める金属音と戦の高揚感は覚めることがない。
陣幕をくぐり抜けた幸村を待っていたのは、己の姿を模した影武者だった。影武者は、幸村の姿を認めると、簡易な椅子より立ち上がり主人を出迎える。
「無事の御帰還お喜び申し上げます。此度も見事なご活躍に感服いたしました」
恭しく頭を下げる影武者に幸村は片手をあげて応える。
「お主もご苦労であったな」
「もったいないお言葉です。敵方形が左右に広がった際の、中央突破。電光石火の本陣急襲は幸村様でなければ成し遂げられなかったことでしょう」
「買いかぶり過ぎだ。相手方の兵が多ければ、こちらが囲まれていただろう。お主ら忍隊の諜報あってのこと」
「お役に立てたこと嬉しく存じます」
「ところで……」
幸村は陣を片付ける兵に一通り目をやり、影武者に視線を戻した。
「今日は、小助はいないのか? 海六?」
とたん、影武者が灰の煙に覆われる。それらが風で霧散すると、幸村よりやや背の高い穏やかな雰囲気の青年の姿が現れる。長い髪をかき上げふわりと柔らかい笑みをたたえる、真田十勇士がひとり海野六郎である。普段は人体と薬の知識を生かし、医者として暮らしているが、一度戦となれば、他の十勇士同様、本来の忍び業で真田の戦果を影で支える。
幸村の影武者といえば、小助が務めることが多いが、人数が必要な折には他の十勇士とて例外はない。いくら主といえど変化が見破られたということは、忍びとしては不本意としかいいようがない。
「お気づきでしたか」
やや残念そうな声色に幸村はお主に非はないと笑う。
「あれは戦が終わるなり駆けてきて、怪我はないかとわんわん泣きながら縋りつくからな。某の姿であの顔をみせられるとこう……な」
幸村は呆れたような表情を浮かべながら、片手で頭を押さえてみせる。