第6章 独眼竜が出てきたらどうしよう
「げふっ! がはっ、がはっ」
喉の奥に滞った塊の苦しさに咳込む。腹の上に乗る重しを除け、地面に向かって吐けるだけ吐き捨てた。
口元を腕で拭いながら辺りを見回せば、すぐ側には音を立てて流れる濁流。
たまたま水の流れが変わる場所に引っかかって、打ち上げられたのだろう。
この状態でも目覚めることができたのは、神がもたらした奇跡かもしれない。
心の中でいるんだかいないんだかわからないと言ったことを謝る。
「ど……くが、んりゅう……」
並んで寝ていた男を異名で呼ぶが、地面に張り付いたまま動きはない。
あの目立つ兜は流されたのか、むき出しのこめかみは血がにじんでいる。
「伊達殿! 気をしっかり!」
痛む体に鞭を打ち、政宗の体を揺さぶるが、片目は閉じたままだ。
それどころか息をしている様子もない。心なしか顔色が悪い。
小助は政宗の鼻口に手をかざし、青ざめた。
特に考えがあっての行動ではなかった。
それをすることが当然というように顎を持ち上げ、端正な顔立ちを形作る鼻をつまむ。
そして、軽く息を吸うと、その口に噛みつくように息吹を与えた。自発的な呼吸はまだない。けれども、政宗の体はまだ温かい。まだ間に合う。
次はとばかりに頸部でその動きを確かめて、胸をまさぐった。
甲冑は一分の乱れもなくその男を守っていた。だが、これでは、心臓を動かすための衝撃を与えられない。
今回ばかりは甲冑のその完璧さが真逆に働いてしまっている。
行儀よく紐解いている時間はない。自身の腰に手を伸ばすが、空を切る。小太刀がない。
「もう!!」
甲冑の上からこぶしを叩きつけるが、まるきり手ごたえはない。
ぎりっと歯を食いしばり、政宗の刀の一本を拝借しようと手を添えるが、震えるだけで抜くことすらままならない。持ち主同様扱いづらいったらない。焦るばかりで何もできないことに、いら立ち、もう一度政宗の胸めがけてこぶしを振り上げた。
その時、その心の内を表わすかのような暗い空に線が走った。続く音が地面を揺らす。
降り出した雨が周囲の温度を下げる。それにも関わらず小助は目を輝かせた。
胸の前で印を結ぶと、小助の全身を靄が覆う。
小道具は必要ない。なぜならば、本人が目の前にいるのだから。
靄が晴れれば、小助の視界の半分に闇が広がる。指を弾けば白い火花が散った。