第5章 普通に怖いな
「恨みとかさ、恐怖とかなんかそんなのないわけ?」
「恐怖……」
恐怖。恐怖ならある。今だ。
普段へらへらしている佐助だがやる時はやりすぎるくらいやる。こと幸村が関わると特にそれが顕著になる。うめの間の抜けた失敗がそれに起因すれば、可愛い妹分であろうと関係なくお仕置きが待っている。
影を縫われたまま、過去のお仕置きを思い出す。
どれも怖く、どれも痛かったが、信頼する兄貴分のすることで本当にうめが嫌なことはなにもなかった。
否、食事に毒を盛られたのは本当に嫌だった。
しかし、やはり、佐助では駄目だ。
他の恐怖。
戦は何度出陣しても怖い。幸村に化ければ、その首狙って足軽から名乗りをあげる武将まで襲い来る。
怖い。中でも先日対峙した独眼竜は格別だった。武器を構える手が震えた。踏み込む足がすくんだ。
近づけば死。そのくらいの極限状態だった。
それでもうめは幸村だった。幸村でなければ、逃げ出そうとして背中から斬られていた。幸村だったから立ち向かえた。
けれどもうめは幸村ではなかった。あの時佐助が来なければ……。
いや、違う。本当の恐怖は、うめが死ぬことではない。
「おっ! いい感じじゃん! あーそうそう、闇からの戻り方だけど」
佐助の声が途切れた。
周りが暗い。何も見えない。否、何もないのかもしれない。
これには覚えがあった。
佐助に化けて、影に入った時の感覚だ。
影の中の世界はどこまでも広がっていて、どこまでも真っ暗で。寒い。
目的は済んだ。あとは外に出て。
どうやって外に出る?
影の世界には、上も下もない。どこから入れて、どこから出られるか。
佐助は最後に何かを言いかけていた?
思い出せない。寒い。眠い。
段々と体が重くなる。意識が遠くなる。
早く帰らないといけないのに。帰らないと。