第3章 瓜二つでみまちがえた
「いやあ、良く分かったのう! いかにも、ワシが武田信玄じゃ」
「はぁ????」
「似ているだけではなく、存外鋭いのだな!」
「鋭い? この子が? 池の鯉の餌を食べるようなこの子が?」
「そんなところまで似ておるのか。それとも童というのは鯉の餌を食べるものなのか? そういえばあちらの倅の方は餌ではなく鯉の方を食べようとしていたとか……太郎はどうだっただろうか」
それまでの豪快さを放り出して、歯切れ悪くぶつぶつと呟く武田信玄を名乗る男。
私の子供はこの子ひとりだけだからわからないが、鯉の餌を食べる子供は存外多いのだろうか。
いや、そんなことよりも確認しなければならないことがある。
「あの、本当にお館様でいらっしゃいますか?」
言った後で気づいたが、この男が本人であろうとなかろうと、この質問で見抜けるはずがない。
なんでわかってるのにそんなことを聞いてしまったのか。
「いかにも。穴山信光は情に厚い男だった。あ奴の子であれば、ワシの子も同然!」
本当にそうなの? あれ? でも私、夫の名前を一度も言ってないはず。
「御母堂、ご安心なされ。佐助!」
「ここに」
いつの間にか目の前に赤毛の少年が膝まづいていた。
音も気配も何もなく。そういえば夫から聞いたことがある。武田の家臣には烏帽子で飛び回り、ドロンと出てくる人がいると。あの時の夫は酔っていたからなにかの冗談だと思っていたけど、奇術を使う一座があってきっとこの少年もそのひとりなのだろう。うん、きっとそうだ。
「御実家まで近いとはいえ、女人ひとりでの旅は心細い。この佐助が貴女をお守りしましょうぞ」
何故、人の家を知っているのだろう。帰るとは言ったが場所までは言っていない。
「もう、何が何やら」
「心中お察しします」
少年--佐助くんが抑揚のない調子で同意してくれる。
私の胸くらいまでの背丈の年端のいかない少年に見えるが、この空間の中でこの子が一番まともなのかもしれない。
けど、ちょっと目が死んだ魚に似ているような。
うちの子を見て、目の輝きが違うでしょう。あっ、湯飲み倒した。飲み干しておいてよかったわ。