第36章 好きで、好きで
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「シャン、手紙が入ってたよ」
夕方。
約束をしていたジウを迎えに行き、いつものように買い物をして家に帰ると、ソファに脱ぎ捨てたジャケットを拾い上げたジウが内ポケットのそれを取り出した。
なんだっけ?と目にしたその封筒に、ああ!と声が出た。
「しまった。すっかり忘れてた」
はい、と渡された手紙を受け取り、どうすっかなぁ、と頬を掻く。
「難しいお仕事?」
「いや、仕事じゃあないんだが」
珍しく歯切れの悪い回答に、何かあったの?と問いかける。
「隠してもしょうがないよな」
隠すようなことがあったのか?と言うジウをソファに座らせ、手紙を手中で弄ぶ。
「今日、アポ無しの来客?を受けてなぁ」
来客?と見上げるジウに、昼過ぎの出来事を話した。
✜
「読んであげないの?」
「一応、開封はした」
「熱烈でしたか?」
「初々しい、可愛らしい手紙だったよ」
読むか?と差し出された手紙を押し返す。
「だめよ。せっかくシャンを想って頑張って書いたのに、他人に読まれるなんて...」
かわいそうよ、というジウに、そうか、と手紙をローテーブルに放る。
「お返事、書かないの?」
「書いたところで渡しようがない。手紙にも封筒にも、名前も何もなかった」
制服で学校はわかるが、と困った顔で笑う。
「あらあら。想いを伝えるの必死で、書くの忘れちゃったのね」
「『手紙を渡す』という事をしたかっただけかもしれん。様子見するしかないな」
ジャケットをハンガーにかけたジウに、後ろから抱きつく。
「ヤキモチ焼くか?」
「はいはい。モテモテですねぇ」
絶対焼いてないだろっ!と体を揺らす。
「すいませんねえ、可愛くない女で」
「可愛くないなんて言ってないだろ」
スリスリと頬を寄せるシャンクス。
「すごいなぁ、」
「うん?」
はちみつの香りの上に鼻先を埋め、深く息を吸う。
「だって、わざわざ手紙を書いて、渡すタイミングがないか必死に調べたんだと思う。ラブレターを書くだけでも緊張するだろうに、わざわざ直接渡すなんて、すごく頑張ったんだなぁ、って」
「ジウは、書いたことないのか?」
「無いよ。そんな勇気なかった」
乙女からの手紙への特別感など、遠の昔に忘れてきたシャンクスが、ジウからの手紙なら欲しいな、と呟いた。