第26章 LOVE LETTER
実は、と言いづらそうに口を開く。
「以前、男性といるのを見かけました」
あ、と瞬きが増える。
「背の高い、黒髪の男性」
黒髪?と彼を見る。
「その方と車に乗られたところを、偶然」
記憶をたぐり、声が漏れる。
たまたま図書館に来ていたローと鉢合わせ、自宅に帰る車に便乗したことがあった。
その時、サナはいなかった。
「お付き合いされている方ですか?」
「いや、そういうわけじゃなくて...」
別の人とお付き合いをしている、とまで言うべきだろうか?と思考を巡らせていると、なにかに気づいた彼が、あの、と声を出す。
「もしかして、」
す、と背後を指す指先に振り向く。
駐車場に停められた赤のSUVに凭れ、こちらを見ている姿にパッと背を向けた。
「ずっといらしてたから、もしかしたらって...」
ご迷惑おかけしました、と笑った彼は、すっ、と背筋を伸ばす。
「一目惚れでした。案内所で子どもと話してる笑顔が素敵だなって。諦められるように頑張ります。ありがとうございました」
お礼を言われるようなことは何一つしていない。
「図書館、また利用しますね」
それじゃ、と手を振って笑顔で離れていった彼を見送る。
ザッ、と地面を擦る聞き慣れたサンダルの音。
「好意を断るって、苦しいね」
結局、渡しそびれたメッセージカードに書いた断りの言葉。
無意識に首筋を撫でる手を掴んだ姿を見上げる。
ジウの肩を抱き寄せ、その艷やかな黒髪に口づけたシャンクスは、正面からその腕の中に抱き竦めた。
「ジウ」
腰を抱く腕と頭を抱きかかえる手に力を込める。
「愛してる」
温かな手で、手触りの良い絹髪を撫でる。
「頑張ったな」
応えられない好意へ強い恐怖を抱くジウを、より抱きしめる。その腕の中で震える黒髪に再度口付けた。
✜
車に乗り込むと、ジウの手を握る。
「シャン」
なんだ?と手を握りなおす。
「少し、走ってくれる?」
サイドガラスを見つめるジウ。
カーステレオをつけると、ゆっくりとしたスタンダードジャズが流れた。
「どこでもいいから」
座席に凭れて目を閉じた。
「仰せのままに」
指を絡めて繋いだ手の甲に一つキスをして、シフトレバーを握った。
星に祈れば淋しい夜を光照らしてくれる、と歌うジャズメロディに目を向けた空に星はなかった。