第23章 藤
「-...園では今、見頃である藤棚を見ようと沢山の人が訪れています-」
昼に、いつもラッキー・ルゥがつけるテレビから聞こえた声に顔を上げた。
画面いっぱいの淡い紫色に、嗅ぎ慣れたジウの香りを思い出す。
「-こちらには白と紫の藤が見られます。藤の花には、その色によって異なる花言葉があるそうですよ-」
花言葉?と画面を注視する。
「-白の花には「可憐」「懐かしい思い出」、そして紫の花には「君の愛に酔う」という、なんとも情熱的な花言葉があります-」
あの香りにそんな意味があったのか、と椅子に凭れる。
ジウは知っているのだろうか?知っていて、あの香りをまとわせているのだろうか?と考えると、心が疼く。
出会った時にはすでに藤の香りの香水を愛用していた。
ジウにとっての「君の愛」は誰の愛だろうか。
デスクの浅い引き出しを開く。
そこに一つ、赤いガラスのアトマイザー。
ジウから分けてもらった、彼女愛用の香水。
ジャケットのポケットからハンカチを取り出し、一吹きする。少し甘い、柔らかな香りがふわりと広がった。
(落ち着く)
手に広げたハンカチに鼻先を埋めて目を閉じる。
咲き誇る藤の下に立つジウを描き、すう、と深く吸い込んだ。
✜
「アレ、なんなんでしょう?」
コソッ、と言うアメリに、うーん、とヤソップはデスクを見やる。
「前もあんなことしてませんでした?」
もっとこう、追い詰められたような顔で、と穏やかに目を閉じてるシャンクスを見るアメリ。
たしかに、とヤソップは思い出す。
数ヶ月前、据わりきった目で日にちを数えながら似たようにハンカチに顔を埋めていた。後に聞いたその行動の理由に、笑うしかなかったが。
また嬢ちゃんを困らせたのだろうか、と心配したが、ここ数日はすこぶる機嫌はいいし、今日だって弁当を美味しそうに食べていた。喧嘩をしたとかそういうことではないらしい。
「新しいルーティンなんだろう」
見守ってやれ、と言うヤソップ。
「嫌ですよ、ハンカチの香り一つでイライラしたりニヤニヤしたりする社長なんて」
気持ち悪い、と切り捨てるアメリに苦笑いする。
ハンカチを顔にかけ、居眠りを始めたシャンクス。
「15分位で起こしてやれ」
「わっかりました」
くー、と寝息を立て始めた彼に、二人を顔を見合わせて笑った。