第1章 レイン・エイムズと同室の女
翌日のイーストンは大騒ぎだった。
廊下で耳をそばだてれば、聞こえてくるのは迷路をぶち壊して入学した生徒の話か、或いはアドラの神覚者がガールフレンドを部屋に連れ込んだ話のいずれかである。前者はともかく後者の話、広がるの早すぎるよ。
私は一応男子寮で目立たないため髪を切りショートボブくらいの長さにした。さすがにちゃんと見たら女だが寮内でサッとすれ違うくらいなら誤魔化せるやろ、と思っていたがどうやら既に無駄な足掻きだったらしい。
そんな訳で、初回授業が始まったものの私は距離を置かれているのか周りに誰も寄って来ず長い机に1人ぽつんと座っていた。
「あれが女っ気ゼロのレイン・エイムズがついに作ったっていう彼女?」
「確かに2本線だし凄腕の魔術師とか凄い家柄の貴族なのかもしれねえ。ガチかもな」
教室内で噂されているのが聞こえる。私が2本線なせいで早速変な方向に誤解が進んでいる……。
ちなみに私は貴族なんかではない。実家はある商店街の一端に存在する魔道具屋で、つまりごく一般家庭の出身である。
「レイン先輩に言って誤解を解いてもらおう……」
早速今日は帰ったら会議だな、などと思いながらひとり教科書のページをめくる。鍵を開ける魔法か、そのくらいなら私でもまあ……。
「おはよう」
聞こえてきた声に顔を上げると、そこにはシュークリームを口にねじ込み頬にクリームをつけた少年がいた。手に持った鍵は物理的に壊れ無理やり解錠されている。
「おはようマッシュくん。さすが君は噂とか気にしないんだね」
「噂? ああ、限定シュークリームの話ですかな」
「違うけど」
この人絶対大物になるだろうな。
視線を自分の鍵の方に戻して、私も魔法で解錠を試みる。
噂の新入生2人が並んでしまい余計に近寄りづらい空気になってしまった。周囲から物理的な距離だけじゃなく心の距離を感じる……。
そう、例えばそこの金髪くんがものすごく引いた目をしているじゃないか。
「……ってあなたフィンくん!?」
無事解錠した鍵を放り出して私はそちらに飛びつく。この子、昨日家族構成のステータスで見たレイン先輩の弟だ……!
「えっ」
フィンはギョッとした顔でこちらを見る。関わりたくなかった人に話しかけられた、みたいな心の声が聞こえる気がする。