第3章 *File.3*(R18)
「も、止めて。今ならまだ、引き返せる……っ!」
背けられた横顔には艶めいた表情が消え去り、代わりに何かを諦めたかのようなひどく哀しそうな感情が張り付いている。
乱れた服を手繰り寄せながら身体を起こそうとするのを、腕を引っ張り正面から抱き締めた。
傷付けたいわけじゃない。
キミにそんな顔をさせたいわけじゃない。
カノジョの記憶が入り込んだと同時に、雪乃はずっと誤解していたのか。
俺は梓さんに惚れているのだと。
少しは、自惚れてもいいのか?
「悪かった」
「……」
どうして、雪乃の気持ちが知りたかったのか?
こんな手荒なことを、オトコとして人間として最悪最低なことをして、強引に追い詰めるようなことをしてまでも。
職業柄、たった一人の誰かにこんな想いを抱くことなど、もうないだろうと思っていたのに。
それでも。
自分の気持ちは、嫌でも直ぐに認めざるを得なかった。
初対面でキスをしてしまった、あの瞬間に。
言葉を交わす度に。
キミの色んな表情を見る度に。
答えは一つなのに、俺は…。
「一番大切なことを伝えていなかった」
だからこそ、雪乃はあの瞬間、俺を拒絶した。
見えない壁を作り上げてしまった。
全ては俺の所為。
今と同じ、自分はただの性欲の捌け口に、梓さんの身代わりにされたのだと、思ったからだ。
「……」
力が抜け切っていて抵抗をしないから、腕の力を少し緩めて、真っ直ぐに視線を合わせる。
「俺は、雪乃が好きだ」
「えっ?だって…」
困惑に揺れる、茶色の瞳。
「だって?」
「降谷零の恋人はこの日本で、安室透の好きな人は梓さんでしょう?」
「そこまで知っているのか。だが、梓さんの件はキッパリと否定しておく」
「……」
「俺は雪乃が好きだから、雪乃の気持ちが知りたい」
「…私なんかじゃ、釣り合わない」
スイッと、視線をそらされる。
初対面のあの反応は、カノジョの想いが既に反映されていた、から?
カノジョはあちら側の世界の俺に、多少なりの恋愛感情があったから?
視線を合わさなかったのも、額に触れた瞬間に真っ赤になったのも、騒いで逃げようと思えば出来たのに、二度目のキスを拒まなかったのも?
梓さんの名前を出したのは、嫉妬?
雪乃としての想いを、感情を出さない為の重し、隠れ蓑、だった?