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ネジを弛めたサドルに跨がる瞬間【弱虫ペダル】

第9章 雫 【手嶋】


男の子の部屋なんて初めて入った。拘りのインテリアって感じもなくて、ただ整頓されているだけなのが居心地いい。それにどことなくいい香りがする。手嶋くんの香りだ。傘の中でも感じた香り。
着替え終えて、それとなく置かれていったハンガーに制服をかけた。なんだか不思議な気分だ。一時は会えもしなかった彼と久しぶりに話せたと思ったら、彼の部屋にいるなんて。

「緊張しちゃうなぁ…」
「男の部屋とか初めて?」
「なっ!?初めてですけど…」
「それは嬉しいな。はい、コーヒーでいい?」
「お構い無く…」

小さなテーブルに湯気の立ったカップが置かれる。手嶋くんは私の隣に座ってベッドに寄りかかった。なにが嬉しかったのかよくわからないまま、熱々のコーヒーに息を吹き掛ける。何を話したらいいのかわからなくて、そっと手嶋くんに振り向いたら、目を逸らして鼻をかいた。

「なんつーか、やっぱ、緊張するな!」
「それはどういう…」
「俺、女の子部屋に入れたの初めてだから。まぁ、緊張してんのが俺だけじゃなくて安心したけど」
「なぁんだ。手嶋くん慣れてるんだと思った」
「変に意識してたらカッコ悪いだろ?」
「かっこつけなくたっていいのに。私ばっか恥ずかしいじゃん…」

ちょっと緊張が解れて、私もベッドに寄りかかった。少し距離が縮まって、並んだ肩が僅かに触れると思わず体が緊張した。なんてことない。彼は友達って思い込もうとするほどに意識して、いつもは飲めないコーヒーも苦味に気付かないまま飲みきるくらい、いろんな部分がマヒしていた。何か誤魔化したくて、少しでも動いていたくて、肩にかけたタオルで少し毛先を拭いてみる。ふと手嶋君を見ると、充分に乾いてない髪から雫が落ちて、肩がけっこう濡れていた。

「手嶋くん、髪」
「ん?あぁ、忘れてた」
「もう、風邪ひくよ?」
「お、おう、悪い」

自分が使ったタオルを手渡すと、頭を覆ってガシガシとふく。なんかちょっと男らしいななんて思っていたら、突然タオルが降ってきて、視界を奪われた瞬間唇に何かが触れた。経験のない私にだって今のが何かはよくわかる。わかりすぎて、どうしたらよいのか。

「あの、えっと、手嶋くんっ」
「ハハッ、テンパりすぎ」
「好きです!」



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