第3章 暑さに溺れる【荒北 甘】
震える手で身体を支えながらなんとかクーラーボックスに身体を預けた。けどドリンクを取りたくても自分の身体が邪魔して蓋を開けられない事態に陥り、もう死ぬかもしれないと諦めかけた時だった。
「オイ!?なにしてんだ!?」
「あ…きた…せ…ぱ…」
「無理してんじゃねェよバカ!!」
また流してたんだなこの人は。けど、おかげで気付いてくれたから助かった。
抱き上げられた身体はまだ震えていて、けど弱々しくも先輩の濡れたシャツを掴むくらいはできた。日陰に横にされて、クーラーボックスから保冷剤だのドリンクだのを全て出して私の至る所に乗せる。少しだけ頭を抱えてくれて、ドリンクを口に押し当てられた。普段ちゃらんぽらんなくせしてこういうときは迅速に対応してくれる。ちょっと乱暴だけど。
「ったく。熱中症かァ?」
上手く飲めなくて口から溢れた水分を指で拭われた。だんだん呼吸も落ち着いてきて、深く呼吸をすることができた。ぶっ倒れはしたものの、まだ軽く済んでるのかもしれない。いや、時期的にもしかしたら生理前の軽い貧血かもしれない。そんなこと言えるわけないけど。
道路を見る先輩は何か気付いて声をあらげた。
「オイ一年!!戻ったら監督にすぐ迎え来いって伝えろ!!」
「え…は、はい!」
早くしろ!っと無理を言って、不機嫌そうな顔がまたこちらを向く。
「大丈夫か?」
「はい…少し楽になってきました」
「よかった」
いつもは私をバカにしたりコキ使うあの先輩から掛けられた言葉とは思えなかった。時折額に手を乗せて私の顔色を伺う。顔にかかる髪を分けて、頬を撫でたりやけに優しい。こんな先輩は初めて見た。
だけど擽るようなその指先に何も思わなかったわけじゃない。首筋の汗を拭われると、身体がピクリと反応した。
「エッロ」
「だって、」
「だって?だって私首が一番感じちゃうのォってか」
いつもの先輩に戻ってくれて少しだけ笑えるようになった。やめてくださいよ、って言う私に否定はしねェのな、って不適に笑うとまた指先で触れてくる。
「くすぐったいっ」
「ほォら、それが感じてる証拠だっつーの」
身体を捩る私を見てもう大丈夫だなって頭を撫でた。あぁ、なんか私ってば先輩に弄ばれてる気がする。今更だけど。