第10章 名付け親【アズカバンの囚人】
「入って、ここに座れよ」
「ここじゃないよ!ここは僕がいるんだ!」
「アイタッ!」
「え、ネビルもいるの!?」
皆で大騒ぎをしている時だった。
「静かに!」
不意に、しわがれた声が聞こえた。
でも何処か聞き覚えのある声であり、私は驚いて体を固くさせる。
すると柔らかな光が揺らめき、コンパートメント内を照らした。
そして顔が見えた瞬間、私は目を見開かせた。
そこには私が会いたくて会いたくてたまらなかった人物がいたけれど、彼は私へと視線を向けやしない。
「動かないで」
彼はそう言うとドアへと近づく。
そしてゆっくりとドアが開き出すと、マントを被った天井まで届きそうな黒い影がそこにいた。
顔はすっぽりと頭巾で覆われていて、マントからは灰白色に似た手が見えている。
怖い、怖い……怖い。
私は息を飲んで体を震わせていれば、ふいに体を抱き寄せられた。
「大丈夫だ、アリアネ」
懐かしくたまらない声が、私の恐怖心を落ち着かせる。
「シリウス・ブラックをマントの下に匿っている者は誰もいない。去れ」
だけれどその黒いものは動かない。
すると彼は杖を取り出すと、ブツブツと何かを唱えると、銀色の光が辺りを照らした。
すると黒い影は背を向けて消えていった。
「消えた……」
「もう、大丈夫だ」
「ハリー!ハリー!しっかりして!」
ハーマイオニーの声の方を向くと、ハリーが椅子に倒れ込んでいた。
どうしたんだろうと驚いていれば、ハーマイオニーはハリーの頬を叩いた。
「ウ、うーん?」
すると同時にホグワーツ特急は動き出し、明かりも元に戻り出した。
ハリーの頬には冷や汗が浮かび出し、虚ろな瞳がやっとはっきりとして辺りを見渡す。
「大丈夫かい?」
「ああ。何が起こったの?どこに行ったんだ、あいつは?誰が叫んだの?」
「誰も叫びやしないよ」
「でも、僕、叫び声を聞いたんだ」
するとパキッという音が聞こえて、みんなが飛び上がった。
驚いて振り向けば『彼』が巨大な板チョコを割っていた。
「さあ。食べるといい。気分がよくなるから」
『彼』はチョコレートを配り出して、そして私へと視線を向けるとにっこりと微笑む。
憎たらしいぐらいに懐かしくて、何処か安堵してしまうような微笑みに腹が立つ。
「アリアネも食べるといい」
「あら?知り合いなの?」