第9章 トム・リドル【秘密の部屋】
「逃げ出す……!?ジニーが、生徒がさらわれたっていうのに!?」
「本に書いてあるように、あんなにいろいろなことをなさった先生が?」
信じられないと私は驚愕していた。
あんなに虚勢を張っていたのにも関わらず、ジニーを助けずに逃げだそうとしているなんて。
「本は誤解を招く」
「ご自分が書かれたのに!」
「何が誤解なんですか!!」
私とハリーが叫ぶと、ロックハートは『まあまあ坊や、お嬢さん』と背筋を伸ばしながら顔を顰めて言った。
「ちょっと考えればわかることだ。私の本があんなに売れるのは、中に書かれていることを全部私がやったと思うからでね。もしアルメニアの醜い魔法戦士の話だったら、たとえ狼男から村を救ったのがその人でも、本は半分も売れなかったはずです。本人が表紙を飾ったら、とても見られたものじゃない。ファッション感覚ゼロだ。要するに、そんなものですよ……」
彼の言葉に私達は目を見開かせた。
「それじゃ、先生は、ほかのたくさんの人達のやった仕事を、自分の手柄になさったんですか?」
「そんな……そんな、卑怯なことを……?」
「ハリーよ、アリアネよ、2人とも」
ロックハートは首を振る。
「そんなに単純なものではない。仕事はしましたよ。まずそういう人たちを探し出す。どうやって仕事をやり遂げたのかを聞き出す。それから『忘却術』をかける。するとそのひとたちは自分がらった仕事のことを忘れる。私が自慢できるものがあるとすれば、それは『忘却術』ですね。ハリー、アリアネ、大変な仕事ですよ」
何が大変な仕事なのだと私は怒りを覚えた。
頑張って仕事をやり遂げた人たちから、その名誉や苦労を奪って自分のものにする。
しかも『忘却術』までかけてと、怒りが満ちていき手のひらを握りしめた。
「本にサインしたり、広告写真を撮ったりすればすむわけではないんですよ。有名になりたければ、倦まずたゆまず、長く辛い道のりを歩む覚悟が要る」
ロックハートはトランクを閉めると鍵をかけて、私たちのほうに振り返った。
「さてと。これで全部でしょう。いや、一つだけ残っている」
すると、ロックハートは杖を取り出して私たちに向けた。
「3人たちには気の毒ですがね、『忘却術』をかけさせてもらいますよ。私の秘密をペラペラそこら中でしゃべったりされたら、もう本が、一冊も売れなくなりますからね……」